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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
547/615

魚雷運搬船

 五月になった。ソドレ兄弟の大型艦二隻が失われ、ポルトガルのアラビア海封鎖艦隊は、四隻になってしまっていた。

 下旬にならなければ、風の向きは定まらない。それでもペロ・デ・アタイデが残存艦隊を指揮して、インド亜大陸西岸を苦労しながら南下した。


この四隻の艦隊が、カナノール北方を哨戒しょうかいしていた巡洋艦『那智なち』に発見される。ポルトガル艦隊の発見は、ただちに無線で戦艦『比叡ひえい』と巡洋艦『妙高みょうこう』に打電される。


三艦と魚雷運搬船がカナノール沖に集合した。北方に小さくポルトガル艦隊の帆が見える。風は西風だった。つまりインド亜大陸に吹き寄せるような向きだ。

『那智』、『比叡』、『妙高』の順に縦列を作っている。魚雷運搬船は『比叡』左舷百メートルのところに位置していた。


「どのように戦われますか」『比叡』の航海長が金口かなぐち三郎に尋ねる。

「敵艦隊の沖側から接近し、想定される射程外から水雷艇を降ろす」

「はっ。承知いたしましたが、『想定される射程』とはいかほどでしょうか」

「それが、わからん。ポルトガルとやりあったことがないからな。とりあえず、一キロメートルとしよう」

「ポルトガル艦隊の西一キロメートルまで移動し、停船して魚雷艇を降下ですね」

「魚雷艇降下と魚雷装填そうてんにかかる時間を考慮せよ。訓練ではどれくらいだった」

魚運ぎょうんが百メートル以内の距離にいる場合には、二十分で準備できます」魚雷運搬船を魚運と略している。

「では、魚雷艇の準備完了時点で、敵艦隊の真西になるように勘案して行ってほしい」

「了解いたしました」そういって、航海長が操艦指示を始める。


『比叡』に設置されている二本のクレーンが動き出し、両舷上甲板に置かれている六メートルの魚雷艇を持ち上げ、舷側の外側に張り出させた。

 ポルトガル艦隊が右側前方五キロメートル程のところで、航海長が『比叡』に停船を命じる。クレーンが水面近くまで魚雷艇を降ろす。戦艦の速度が充分落ちた所で、魚雷艇を着水させた。海水の抵抗で魚雷艇が後ろに下がると、吊り下げていたかぎが自然に外れる。

 左舷の魚雷艇で、鉄丸くろがねまる始動紐リコイルスターターを引く。エンジンがかかり、左方の魚雷運搬船に向かう。船首には銅丸あかがねまるが座っている。


 ポルトガル艦隊が発砲を始めた。金口三郎が艦隊を凝視ぎょうししている。長短いくつかの種類の砲を持っているようだが、五百メートルを超える砲弾はないようだ。


 鉄丸が魚雷運搬船の船尾に近づく。不思議な形をした船だった。船尾が無い。船尾楼せんびろうのあるはずのところは、海面に向かって降る斜面になっていた。

 また、魚雷運搬船は単独で航海することはない。なので、初めて帆走用のマストを無くした。完全に蒸気機関のみで動作する船とした。また、船体を鉄板で被覆ひふくした。これは装甲というよりは、木造船体の腐食を防ぐこと、フジツボや海藻などの付着を防ぐことが目的だった。鉄板には厚い塗装が施されている。


 船尾が傾斜して海中に没している様子は、太平洋戦争期の『第一号輸送艦』に似ている。この輸送艦は甲板に四隻の特型運貨船『大発だいはつ』を搭載し、艦尾から滑り降ろすことが出来た。離島防衛隊に補給することが目的で建造された船だった。


 片田商店の魚雷運搬船の船尾斜面には二本一組のレールが海面まで延びている。鉄丸が、レールの隙間に魚雷艇の船首を挿し入れた。

 運搬船の甲板から二本二組、四本の魚雷が後ろ向きに押されて出てくる。斜面に来ると魚雷が自重でレールに沿って降り、魚雷艇の左右に装着される。

 鉄丸が船外機を逆進させて、運搬船から離れる。あっという間に魚雷装填そうてんが完了した。

『比叡』右舷に降ろされた魚雷艇も同様に魚雷装填を行う。


 魚雷といっても、第二次世界大戦で使用されたような魚雷ではない。長さ三メートルの細長い舟の上に噴進砲弾を横に置いたような形をしている。実際噴進砲弾を流用している。

 ロケット推進で進み、最高時速三十ノット(時速約五十キロメートル)になる。燃焼時間は二十秒程なので、射程は最大二百から三百メートル程だ。


『比叡』から無線が入る。

「敵艦砲の最大射程は五百メートル程度と観測された」鉄丸が了解したと答える。そして魚雷艇を左旋回させ、『比叡』の艦尾をかすめてポルトガル艦に向かった。前方に一列にならんだ艦隊が見える。

 西風を受けて南進しているので、四隻とも、『左舷開き』の大きな帆をこちらに見せている。両者の間に水柱が立つ。

“最大射程五百といっていたが、ほとんどの砲は百から二百のようだ”鉄丸が思った。


 前方に着座している銅丸は艇の左右に二本ずつ並んだ魚雷の操作を始める。魚雷には番号が付いていて、一番右端が一番、左端が四番だ。二番魚雷の上に乗って一番魚雷の上部にある電源スイッチを入れ、その後ろの留め金を外す。バネで水平に抑えられていた細い金属棒が垂直に立ち上がり、先端の白い三角旗が風にはためく。この棒はアンテナも兼ねている。

スイッチのすぐ上に七二四と三桁の数字が塗料で書かれている。これはこの魚雷の周波数を表している。艇に戻り、船首右舷側の魚雷操作器の周波数ダイヤルを回して七二四に合わせる。

 これで艇から魚雷を操作できる。

「一番、舵確認」銅丸が叫ぶ。

「一番、舵確認、了解」鉄丸が答えた。


 銅丸が周波数ダイヤルの手前にある大きな舵操作ダイヤルを左右に回した。

「一番、舵動作、確認」鉄丸が答える。


 銅丸が次に左舷の四番の魚雷に対して操作を行い、これも動作可能状態にする。これは左舷側のもう一つの魚雷操作器で無線操縦できる。つまり二本の魚雷を同時に操作できることになる。


 縦一列のポルトガル艦が迫って来る。水雷艇の後ろにも水柱が上がりはじめた。ここからは危険な海域になる。


 鉄丸が双眼鏡型の簡易測距儀で距離を測った。

「距離二百だ。銅丸、発射していいぞ」


 銅丸が船首の短い風防に突っ伏しながら、右手で一番魚雷の発射ボタンを押す。留め金の外れる音、そして燃焼する音がして右舷一番魚雷が発射された。風防が燃焼炎から銅丸を守る。

 燃焼ガスが風に流されると、銅丸が双眼鏡を見ながら魚雷の無線操縦を始めた。魚雷が白波を立ててポルトガル艦隊の最後尾にいる船の艦尾を目指した。白い三角旗が目印だ。

 その旗が四番艦の艦尾に吸い込まれる。


 艦尾楼のところに白い大きな波が立つ、艦の速度が遅くなり、戦列から離れる。そして風下に力なく流され始めた。舵が破壊されている動きだった。


 二番艦の艦尾にも、同じように水柱が立った。もう一隻の水雷艇が発射した魚雷があたったのだ。


 銅丸が四番魚雷を発射する。これは三番艦に命中する。先頭の大型艦の船尾にも水柱が立った。

 

 舵を失った帆船は、帆があっても、自由な操艦が出来なくなる。風下を中心として、左右三十度程度の範囲にしか進めない。行きつく先は、インドの海岸だった。


 たった数分間の間にポルトガルのインド洋封鎖艦隊が無力化された。


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