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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
544/610

無差別砲撃

 一五〇二年十月十八日、ヴァスコ・ダ・ガマの艦隊はカナノール港の沖にいた。今回も入港はしない。カナノールはカレクトの北に位置する港だ。

 使者を送ると、カナノール国王はポルトガルを歓迎すると言ってきた。急造の長い桟橋さんばしが作られた。カナノール王は桟橋の先端に立つ。ヴァスコは桟橋から少し離れた所に艦を泊めた。両者が奇妙な形で会見を行い、たがいに贈物を交換し、通商の協約が結ばれた。


 さらに、ヴァスコはカレクトの国王に手紙を出す。


カブラルの航海で五十名ものポルトガル人がカレクトの商館で殺された。

 自分はそれに対する報復ほうふくとして客船メリ号を拿捕だほし、乗員乗客三百人を殺害した。これは神に許された正当な復讐ふくしゅうである。

 また、この程度ではポルトガル人になされた不正行為に対する報復としては、不十分である。これからカレクトに向かい、さらなる復讐を行うので、待っているがよい。


 このカノナールで、ヴァスコは胡椒などの価格を定額に決めようと試みた。定価の設定である。しかし、これは一旦不調に終わる。

「ならば、もうちょっと話のわかるコチンで同じ話をするから、いい」ヴァスコはそう言って、二隻の艦を残して、カナノールを去った。

 カナノールに残された二艦は、同港に入港する商船を臨検りんけんし、イスラム教徒の船は積荷を没収し、ヒンドゥー教徒の商船には通行証を渡した。


 十月二十九日、ヴァスコの艦隊がカレクトに到着する。カレクトの国王がヴァスコに使者を送ってきた。

「ポルトガル商館の事件は不幸な事だった。事件の首謀者たちはすでに逮捕している。当方は友好と通商を希望する」

「商館の事件については、本当に残念なことだったが、それでもポルトガル人はメリ号を奪い三百人を殺したのであるから、何倍もの損害を当方に与えた。このあたりでほこを納めようではないか」そのようにカレクト王は提案した。


 このカレクト国王の言葉には、ポルトガル人とカレクト人の命の重みが対等であることが前提にあった。

 しかしヴァスコはそのように考えていない。


 正しい神キリストを信仰しているカトリック教徒こそが『人間』であり、それ以外の異教徒、異端者は人間の数のうちには入っていなかった。


 片田順が『サヴォナローラの二十の提言』に一条を加えて、『二十一か条の提言』にしていたのを覚えているかもしれない。片田は以下の一条を提言に加えた。


「キリスト教世界は、この地球のほんの一部にすぎない。キリスト教徒以外の人間も、キリスト教徒と同等の人間であり、対等に接すべきではないか」


 これは、当時のカトリックの『異教徒を人間として認めない』、という考え方の修正を求めたものだった。




 十一月一日。カレクト沖に並んだポルトガル船のマストから、それまでに捕えてあったイスラム教徒が一斉に吊るされた。

 カレクトの砂浜からは、吊るされた男達が痙攣けいれんするのが見えた。


 そして、ポルトガル艦が、ヒンドゥー教徒の町、カレクト市街に向けて大砲を乱射し始めた。フィレンツェ商船の書記官、トメ・ロペスが数えたところでは、その日だけで四百発以上の砲弾がカレクト市に向かって放たれたという。


 このような攻撃は、現代では無差別攻撃という。ここで無差別とは軍隊などの軍事目標と、民間人や住宅などの非軍事目標を差別(区別)しないということだ。

 戦時国際法(ジュネーヴ諸条約や追加議定書)など無い時代である。それでも、『戦争の正義』(jus in bello)や、『騎士道』(virtus equestris)というものがあり、無差別に民間を攻撃することが良い事と考えられていたわけではない。


 夜になる。ポルトガル人はマストで絞首刑にされたイスラム教徒を降ろし、切りきざんで小舟に載せ、カレクトの砂浜に陸揚げした。

 ポルトガルをあなどる者は、こうなるのだ。それは見せしめだった。




 メリ号事件、そしてカレクト市街の無差別砲撃。これらの事件はマラバール海岸一帯を震撼しんかんさせた。

 その知らせは、コチンの片田商店にも届いていた。操作員がテレタイプに向かって逐次打電する。


「客船メリ号がポルトガル艦隊に拿捕され。略奪されたうえで沈没させられる。乗員乗客約三百名、生存者は二十名の子供のみ」

「ポルトガル艦隊がマラバール海岸一帯に封鎖線を設けて臨検を始めた。イスラム商船の排除が目的だ」

「ポルトガル艦隊がカレクト市街を二日間に渡り無差別砲撃。被害不明」


 これらの知らせは、世界の片田商店に瞬時しゅんじに伝わる。

 カイロの村上隆勝たかかつが、たまらずにオルダニー島の片田順に無線交信を求めた。テレタイプではなく、無線通話だった。

「片田殿、アラビア海の大型客船襲撃事件を知っていますか」

「知っている。メリ号とかいう船だそうだな。三百が犠牲になったという」

「そうです、そのメリ号ですが、カイロのマムルーク朝の王の所有船と同じ名前なのです」

「そうか、ではもしかしたら、その船が被害にあったのかもしれないな」

「どうしましょう。スルタンにこのことを知らせた方がいいのでしょうか」と、隆勝が言った。


 片田は少し考え込む。

「いや、それは止めておこう。同じ名前の船があるかもしれない。それに、悪い知らせの使者とは、うとまれるものだ」

「でも」

「もうすぐ東風が吹く季節だ。十二月には自然とスルタンの耳に入る」

「そうですか、そうですね」

「コチンからの知らせで、こちらも準備を始めている」

「はい、それと数か月前、スルタンが片田商店にも軍艦はあるのか、と尋ねていたことをお知らせしましたが、覚えていらっしゃいますか」

「覚えている。心配しなくともよい。そちらの手配も始めている」片田が言った。


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