南洋米(なんようまい)
畠山義就は、政長に敗れ、嶽山城にこもっている。義就の後ろ盾を失った越智家栄も、大和で筒井氏に敗れていた。
政長、筒井氏、箸尾氏をはじめとした幕府軍は河内南部の嶽山城を囲んでいた。
河内、大和の田舎市が廃止され、座の支配が復活した。飢饉の中、物価が上がった。庶民たちは怨嗟の声をあげた。
座の復活は、商人達にも評判が悪かった。彼らは以前のように自分の才覚で、自由に商売がしたかった。
堺の商人にも、義就を支援するものが出てきたという。寄合の話題になることはないが、噂は流れてくる。
義就を支援する商人は米や雑穀、塩を嶽山城に送っているという。正面には政長達の軍が居るので、迂回して城まで運んでいるそうだ。
彼らは堺から南の紀伊湊(和歌山港)に物資を運び、大和国に行くために、河内の陸上の戦火を避けると称して、そこから紀ノ川を上る。
紀ノ川沿いには春に義就に攻め込まれた根来寺がある。根来衆は気が付いているかもしれないが、何も言わない。義就が政長達と戦い続けている間は、根来寺は安泰である。
これらの物資が大和に行くのであれば、五條まで川を上り、そこから陸路で越智氏の領地にはいるのであるが、たいがいの物資は、橋本で川を離れる。
そこから和泉山脈を目指し、紀見峠を越えて石川の上流に出る。そこから川沿いを下って行けば、政長達の包囲軍の反対側から嶽山城にたどり着く。
細々とした輸送路ではあるが、籠城兵たちの支えにはなる。
片田も河内平野に兵がいるために、同じ輸送路を使っていた。戦場では略奪が頻繁におこる。片田が今回送り出したのは、おがくずだった。堺では造船や港造りで大量の材木が使用されている。ここで出るおがくずを紀ノ川経由で片田村に届けることにした。
おがくずは、片田村でシイタケの菌床になる。
「この俵の中身はなんだ」津の関守が言う。
「おがくずです」片田から運搬を依頼された馬借の頭が言う。
「おがくず、なにをいっているんだ。そんなもの運ぶやつがいるか」
そう言って、関守が斜めに切った竹を俵に挿し、引き抜く。本当におがくずが出てきた。
「おがくずだ」
「はい、大和の片田村では、おがくずからシイタケを作るんだそうです」
「ふうん。そうなのか、それならば、おがくずを運ぶ訳だな。しかしなあ、こんなもの値段がつかぬ」そう言われて、わずかの津料で通過できた。
おがくず俵は、五條で陸揚げされ、そこからは馬の背に乗せられて片田村に到着する。
茸丸が作業場で、おがくず俵を開けさせる。
「あれ、俵のなかから、また俵が出てきたよ」
「これ、『じょん』の文にあったやつだな」茸丸が言った。
「あけてごらん」
「あ、米だ」
米だ、の声で周りの子供たちが集まってくる。
「ほんとだ、米だ」
「なんか、ちょっと細長くないか」
「米、ひさしぶりだな」
「南洋米、というものらしい。南の国でとれる米のことだ。じょんが外国から買ってくれたそうだ」茸丸が言う。
「米、食べたいな」子供たちが言う。
「石英丸を呼んで来い」茸丸が一人の男の子に言った。
やってきた石英丸に茸丸が事情を説明した。
「そうか、じゃ、二つ三つ開けて、食堂に持っていこう。とりあえず、試食ということで、ここにいる子供達だけにしよう」
その日は、片田村の食堂におたきさんがいた。米がなければおたきさんも商売ができない。たまに入ってくる蕎麦を出すぐらいで、最近は暇だった。
「なに、米だって」おたきさんの目の色が変わる。
「米は、米なんですけど、外国の米なんです」石英丸が言う。
「どれ、炊いてみようか」おたきさんが米を洗い、炊いてみた。
「米だけど」
「米、だけど」
「米なんだけど」
「なんだ、おいしくないのか」そう言って茸丸も一口食べてみた。
「なるほどなあ。雑穀や蕎麦よりは全然いい。でもなんかパラッてしている。石英丸も食べてみろよ」
「そうだな。匂いも、すこしちがうな」
「ぜいたくなこと言うねぇ」といいながらおたきさんも一口食べてみる。
「うん、米だ。米だ。米だけど、そうねぇ。どうしよう」
「じょんは、炒飯にするとおいしい、って書いてきてたよな」茸丸がいう。
「炒飯て、飯を炒めるのかぃ。でも油高いからねぇ」おたきさんが答える。
「そうだ、ちょっとまって、汁物にしてしまえば、食べやすいんじゃない。今あるもので作るとすると、そうねぇ」
そう言って、おたきさんは生シイタケを切って茹でる。昆布と鰹で出汁を取り、その鍋に茹でたシイタケを茹で汁ごと入れる。さらに味噌をいれて、濃いめの味噌汁にする。そこに炊いた南洋米を入れる。
「どうかしら」おたきさんは、そういって女の子に椀を渡した。
「……おいしい」
「うん、味噌汁のなかに入れてしまえば、匂いも、パラついたのも気にならないな」
「油があれば、炒飯っていうのをつくってあげられるんだけど。せめて卵があればねぇ」
「出汁醤油で炊いた卵をかけてもおいしいと思うんだけど、いまは油も卵も手に入らないからね」おたきさんが言った。




