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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
531/611

贈り物

 カレクト王はワリという、現地案内人をヴァスコ・ダ・ガマに提供してくれた。ワリが言うには、二度目の王との面会には、贈り物を持参することになっているという。

 翌朝、ヴァスコが宿の玄関広間ロビーに国王向けの贈り物を並べる。

 

 布地 十二反

 緋色ひいろ頭巾ずきん 四かしら

 帽子 六個

 サンゴの紐 四れん

 真鍮しんちゅう水盤すいばん 一箱六個

 砂糖 一箱

 油 二樽

 蜂蜜 二樽


 王様に贈物を贈るためには、その家臣に事前に通告しなければならない。ワリを通じて家臣を呼んだ。残念なことに、やってきた家臣はイスラム教徒だった。贈り物を見せる。


「使節殿、これはいけません。王様に差し上げるべき物ではありません。インドの奥地から出てくる貧しい小商人であっても、もっとましな物を贈ります」イスラム教徒の官吏が言う。

「なんだと」

「なにか、贈り物をしたいのであれば、きんがいいでしょう。これらの物を王様にさしあげても、受け取らないでしょう」ワリが助言した。

「しかし、私は金を持って来ていない。私は商人ではないからだ。ポルトガル国王の使節である。これらは、私が個人的に用意したものだ」

「そう申されましても、これでは」

「もしポルトガル国王が、再び私を当地に派遣することがあれば、もっと色々なものをもってくることができる。しかし、もし当地の王が、これらの贈り物を望まないのであれば、よかろう、船に戻す」

「その方がよろしいでしょう」ワリが気の毒そうにいった。

「もちろんだ。こんな品々を王に贈ろうなどと、言語道断だ。私は王の家臣として、とても容認できるものではない」


 そういって、二人が出ていった。しばらくするとイスラム教徒の商人が何人も宿の玄関広間にやってくる。ヴァスコの『王様への贈り物』とやらを見物しにきたのだろう。


 代わる代わるイスラム商人が入って来ては、用意した贈り物を指さして嘲笑しながら出ていった。先ほどの家臣が町で言いふらしているに違いない、ヴァスコが思った。

 部下に命じて王のために用意した物を自室に引き揚げさせた。


 ヴァスコが、町の知事を介して国王との面会を求めた。しかし、その日のうちに回答はなかった。

 翌日の五月三十日、王がヴァスコとの面会を許可した。ヴァスコが、アラビア語通訳のフェルナン・マルティンスと、サン・ガブリエル号の書記官ディオゴ・ディアスを連れて王宮を尋ねる。

 四時間待たされた。


「貴殿が昨日会いに来ると思っていた」王様が言う。

「長旅の疲れが出て、来ることが出来ませんでした」

「貴殿は非常に豊かな王国から来たというが、なにも贈り物を持って来ていないと聞く」

「私が何も持って来ていないのは、新しい航路を発見するために来たからです。初めての海に高価な黄金を乗せて旅立つ者がおりましょうか」

「なるほど、それは一理あるな、では貴殿の国王からの書簡しょかんについてはどうだ。一昨日おととい書簡を所持してきたといっていたが」

「書簡は持参してきております。しかし、王の周囲にいるイスラム教徒は、私たちに悪意をいだいております。書簡の内容とは反対の事をお告げするかもしれません。なにとぞ、アラビア語が読めるキリスト教徒の通訳を読んでいただければ、と思います」

 ヴァスコは二つの書簡を持っていた。一つはポルトガル語で、もう一つはアラビア語だった。


 王が一人の若者を呼ぶ。彼はイスラム教徒ではなく、ヒンドゥー教徒だった。この時点でヴァスコもカレクト国王もキリスト教とヒンドゥー教が違うということに気付いていない。

 しかし、その若者はアラビア語を読めなかった。


「よし、では貴殿の疑いを晴らすために、四人のイスラム教徒を別々に呼び出し、貴殿の持参した書簡を翻訳させよう。四人のいう事で一致する部分が、真に書簡に書かれている内容だ。どうじゃ」

「それならば、よろしいでしょう」ヴァスコが同意した。


 四人の通訳が個別に呼び出され、書簡の内容を現地の言葉で読み上げた。内容は以下のようなものだった。


 ポルトガル国王はカレクト国王と友情を結び、交易を行いたい。

 当地で産する香辛料や香料を購入したい。

 ポルトガルで産し、当地に不足している物があれば、こちらから送りたいので司令官に命じて欲しい。

 不足している物がないのであれば、香辛料や香料の代価として金や銀を送ることにしたい。


 このような内容だった。国王はこの書簡に満足した。

「貴国には、どのような商品があるのか」

「小麦、色々な織物、鉄、青銅、その他多くの物を産しています」

「見本を持って来ているのか」

「はい、私の船に少量ずつ持参してきております。もしお許しがあれば、港に降ろすため船に戻り、商品見本を持参してまいります。その間、宿に四、五名の部下を残しておきたいと思います」

 ヴァスコが部下を残す、と言ったのは人質を預けて置く、という意味だった。


 しかし、国王はそれを否定した。

「それはならぬ。この港のきまりに従ってもらわなければならない。貴殿は部下全員を連れて船に戻り、そして貴殿の船を港に入港させるのだ。そして商品を全て降ろして倉庫の管理人に預ける。船乗りたちもすべて上陸する。あとは自由に貴殿の商品を売ればよい。これはこの港に来る全ての商人が従う決まりだ」

「しかし、私は商人ではなく、国王の使節です」

「使節であっても、船は入港する決まりである。もし入港しないのであれば、ここでは海賊だとみなされるが、それでもよいのか」

「そ、それは」


 王の言葉に、満足に返せないまま、ヴァスコが退出した。


 ヴァスコは、彼の艦隊をカレクト港に入港させるつもりはなかった。港には多数のイスラム教徒がいて、彼等の船も停泊している。そんな中に入っていったら、袋叩きにされるだろう。そう考えていたのだ。

 もしイスラム教徒の船が、たった三隻でリスボンの港に入って行ったら、ポルトガル人は三隻を袋叩きにする。あたりまえだ。そう考えている。


 もし、ヴァスコの艦隊がカレクトに入港していたら、どうなっていただろう。イスラム商人はキリスト教徒の船を、良くは思わなかっただろうが、襲撃することはなかったと思う。

 実際、パロ・デ・コヴィリヤンの冒険のところで見た通り、イスラムの港アレクサンドリアにはキリスト教徒のヴェネツィアの船がたくさん寄港しているし、ヴェネツィア人の倉庫すらあった。中にたくさんの商品が保管されていても、イスラム教徒はそれを襲うようなことはしない。

 イスラム商人は、公正平和に商売している限りでは、相手がキリスト教徒であってもかまわない。歴史的には、それが実際のところだったのだろう。


 しかし、ヴァスコはそのようには考えなかった。自分たちがイスラム教徒にやるであろうことを、イスラム教徒も自分たちにしてくる、そう考えた。


 記録から見ると、そのあと笑えないような『すったもんだ』があるのだが、割愛する。結果だけ言うと、ヴァスコは艦隊を入港させないまま、カレクトに商品を陸揚げすることに成功する。ヴァスコ自身も無事に旗艦に帰った。


 しかし、かれらの商品は、まったく売れなかった。

 アフリカ海岸のリオ・ドス・ポンス・シナイスという小港での反応と同じだった。彼らが持参してきた商品は「とるに足らぬ物」として、一顧いっこだにされなかったのである。


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