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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ローマ下水道

 シンガと新藤しんどう小次郎こじろうが『デ・バルディ通り』したの小舟に戻る。高山の次郎五郎じろうごろうかいを握り、アルノ川の対岸を目指す。正面はウフィツィだが、少し上流を目指した。

 ウフィツィの右の建物は、現代ではガリレオ博物館という。十六世紀以降のメディチ家などが収集した科学機器が収集展示されている。

 シンガ達の時代にはカステラーニ宮殿と呼ばれていた。これはフィレンツェの名家の名前だが、ガリレオ博物館のさらに右にあるカステッラーニ通りの名前として残っている。


 このカステッラーニ通りは大聖堂の東まで延びているが、古代ローマがフィレンツェを建設した当時は小川で、初期のフィレンツェ市の外堀として使われていた。

 その後、町が拡張し、この川が暗渠あんきょとなり、上が道になる。すなわち古代ローマ時代の下水道系の主脈だった。

 現代には塞がれているが、シンガ達の時代には、ここに下水道のアルノ川への出口があった。中を人が立って歩けるほどの広さがある。その出口に小舟をつける。


 次郎五郎が船尾に広げられたむしろたたむ。その下に船外機が置かれていた。船外機を船尾舷に立てて取り付け、一リットルのガソリン缶から給油する。もう一つガソリン缶を使った。

 最後に小さな潤滑油缶を取り出し、これもガソリンに混ぜる。ツー・ストローク・エンジンだった。

「船外機の準備は出来た」次郎五郎が言った。


 三人が小舟から降りる。小次郎と、次郎五郎は背中に背嚢はいのう背負せおった。十分中に入ったところで小次郎が懐中電灯を点ける。百五十メートル程奥に進んだ。左に枝道が開く。

 小次郎と次郎五郎は、何度もこの下水道に入っていたが、シンガは初めてだった。悪臭に閉口へいこうする。

 交わったところに、階段のような段差がある。彼らは知らないが、この段差はローマ劇場の跡だった。

 先頭の小次郎が左の枝道に入る。この下水道はニンナ通りの下を通っている。さらに九十メートル程歩くと、右手に窓のようなものが見える。鉄棒が四本、縦に取り付けられている。


「ここだ」小次郎が言う。シンガに懐中電灯を渡し、鉄棒の所を照らせと指示する。


 小次郎が鉄棒を上に持ち上げると、簡単に外すことが出来た。四本とも外し、中に入る。


「ここはもう、ヴェッキオ宮殿の中だ」小次郎がシンガに言った。前を歩く小次郎が止まった。後ろのシンガから見ると、その先は立穴たてあなになっているらしい。

「大丈夫なようだな。シンガ、見てみるか」

「うん」

「じゃあ、俺と替われ。足元に気を付けながら上を見てみろ、踏み外すと井戸の底に落ちるぞ」

「わかったよ」そういって、恐る恐る立穴の縁に立って見上げる。星が見えた。そして、暗い陰のようなものが見える。見慣れたアルノルフォ塔だった。


シンガは中庭の井戸の中から塔を見上げていた。


「脱出路が安全なのは確認できた。戻るぞ」三人が来た方向を向く。

「ねえ、小次郎さん。なんでこんな穴が開いているんだろう」

「さあな、井戸があふれた時に、アルノ川に排水するのかもしれないし、もしかしたら、脱出用の通路かもしれない。まだ俺たちの知らない仕掛けがたくさんありそうだ。この宮殿は」


 塔の掃除を始めた頃には、長年溜まったしつこい汚れを落とすのに苦労した。しかし、それが終わると日々の作業は一人でも出来た。

 シンガが井戸のところで水汲み役をやり、小次郎か次郎五郎が塔の掃除をする。そうしているあいだにもう一人がヴェッキオ宮殿の中を探索した。

 この宮殿には、たくさんの隠し部屋、秘密の監視場所、知られていない通路、地下道があった。

 それらを一つずつ調べ、小次郎と次郎五郎が侵入経路、脱出経路を検討した。わざと残業して、歩哨の立つ位置を調べることもした。


 三人が下水道の交差点まで戻る。そして古代劇場の、わずかに曲線になった階段を登る。天井が鉄の板になっていた。次郎五郎が背負い袋を下ろし、鉄板を肩で押し上げると、上に開いた。

 そこは宮殿西側の洗い場になっていた。この場所はシンガも良く知っている。作業の後によく使ったところだ。


「こんなところに出るのか」シンガが感心する。

「足と靴をよく洗え、臭いでバレないように」

 なるべく音をたてないように、下水道の汚れを落とす。


 夜の市庁舎なので、人は少ない。兵が時々巡回しているのと、あとは重要な部屋には歩哨ほしょうが立っていた。

  三人が、それらに見つからないように階段を登り、秘密の廊下を抜け、塔への入口の扉にたどり着く。そこにも歩哨が立っていた。

 先頭の小次郎が振り向き、後続の二人を制止する。身振りで“まっていろ”と合図した。

そして、塔への扉を守る歩哨の前に立った。


「なんだ、タルタル・トリオじゃねぇか。どうしたんだ、こんな時間に」

「ああ、忘れもんを取りに来た」そういって、右手をあげる。

「忘れ物だと、こんな時間に歩き回っていいわけ……」


 小次郎が右手の親指を握り、残りの指四本の第二関節で歩哨の鼻をいた。鼻は人間の急所の一つだ。

 歩哨が叫び声も上げずに崩れた。小次郎がそれを支え、ゆっくり床に降ろす。歩哨が持っていた槍も床に落ちる前に受け止める。

 夜の市庁舎に響くような音はなかった。


「よし、扉に鍵はかかっていないようだ」そう言って、歩哨を扉の向こう側に引きずっていく。

 背負い袋から布を二枚、革製の拘束具こうそくぐを二つ取り出す。布を一つ丸めて歩哨の口の中に入れ、もう一枚の布で口をふさぐ。

 そして、歩哨をうつ伏せにして両腕を後ろに回し、皮の拘束具で縛る。両足も同じように縛った。


 塔の真下に続く回廊を三人が走る。小次郎と次郎五郎は音もなく走る。シンガにはそんな芸当はできない。さぞや二人の気にさわるだろうな、そう思いながら後を追う。

 回廊を曲がり、塔の真下に出る。階段を登り、一つ上の階に出ると、両側に木製の扉がある。市庁舎の周囲を監視する露天回廊に出る扉だ。この露天回廊の外周には教皇派式狭間はざまが並んでいる。


「ここで待とう」扉を薄く開けて、外をのぞいた小次郎が言った。次郎五郎が反対側の扉を開けて外をうかがい、うなずいた。

 市庁舎を四角に囲む露天回廊の四隅に一人ずつの歩哨が立っていた。


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