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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
521/610

マリンディ

 ヴァスコ・ダ・ガマの前に、二人の黒人が連れてこられる。逃げそこなったモンバサ人だった。アラビア語の解る通訳、フェルナン・マルティンスを介して尋問じんもんをした。

 モンバサの住民だと思っていた二人はモザンビーク出身だという。


 何をやろうとしていたのか、問うと口をつぐむ。ヴァスコが艦尾灯を持ってこさせ上甲板に置く。中の蝋燭ろうそくに火を灯させた。

 さらに鍋に少しの海水を入れ、艦尾灯の上蓋うわぶたを外して即席のコンロにする。その上に鍋を置く。

 ヴァスコがゆるゆると尋問を繰り返す。二人の黒人は後ろ手にしばられていて、上甲板に腹ばいに押し付けられていた。


「その鍋をどうするつもりだ」

「これか、なんでもない。それよりもお前達の目的を答えろ。我々の艦をどうしようとした」

「どうもしようとしていない」

「では、なぜ逃げた。なにかたくらんでいたから逃げたのだろう」

「知らない」

「そうか、ではしかたがないな」ヴァスコがそう言ってスプーンを鍋で沸騰ふっとうする海水の中にいれ、よくかきまぜる。熱せられたしおの匂いが立つ。

 スプーンが良く温まるのを待つ。ヴァスコが海水をすくいモザンビーク出身だという黒人の肌に垂らす。上甲板に悲鳴が響く。

「どうだ、これでも白状しないか」ヴァスコが腹ばいの男に尋ねる。熱湯を垂らされたところの肌の色が白く変わる。


「では、こっちの男に尋ねてみようか」そういって、スプーンをもう一人の男の眼前に差し出す。

「わかった、本当のことを話すから許してくれ」もう一人の男がいう。

「では、話してもらおうか」


 男が言うには、ガマ達はモザンビーク周辺で有名になっていた。


彼らは、キリスト教徒がモザンビークにやってきて、さんざん暴れていったとモンバサに知らせた。他の港にも警戒けいかいうながす船が派遣されたそうだ。

付近のどの港に入っても警戒されるだろう、そう男が言った。


 モンバサの町では、そういうことならばキリスト教徒を騙して、モンバサの深い水路に導き、囲んでやっつけてしまおうということになった。

 ヴァスコ達は、もう少しのところでだまされるところだった。かろうじて、水路の入口からほんの少し入っただけのところに投錨していた。

 サン・ガブリエルの座礁ざしょうもたいしたことはなく、すぐに離礁できた。

 しかし、風が悪かった。東から風が吹いてきているので、外洋に出ることが出来ない。


 夕方になっていた。ヴァスコが各艦に夜間監視を強化するように指示する。各艦の帆桁ロア・ヤード両端にカンテラが下げられ、周囲の海面を照らした。




 深夜、ペリオ号の錨綱いかりづなが切られ、漂流ひょうりゅうを始める。水中を泳いで死角しかくになる帆船直下にたどり着いたらしい。

 満潮みちしおを利用して水路の奥まで漂流させ、どこかに座礁させてしまおう、という作戦だった。

 艦長のニコラウ・コエリョがただちに反対舷の投錨を命じる。艦載艇をありったけ降ろし、喫水線の監視を指示した。同時に旗艦に報告する。

 二艦の甲板があわただしくなる。サン・ラファエルにも現地人がとりついていた。


 ペリオの艦載艇がサン・ラファエルに接近すると水中の男達が逃げていく。その先を照らすと小舟が二そう、暗闇の中に浮かび上がる。黒い肌の男達が次々と水面から小舟にあがり、逃げていった。




 翌日も、その次の日も良い風は吹かなかった。周囲を敵に囲まれたまま三艦が水路に浮かんでいる。

 彼等が出航出来たのは、四月十三日だった。


 沖に出てすぐに、二隻のダウ船が北に向かっているのを発見する。彼等には水先案内人が必要だったので、これを追跡する。一隻が本土に逃れたが、もう一隻に追いつく。ダウには十七人のイスラム教徒が乗っていて、金、銀、穀物などを載せていた。

 地位のありそうな老人が一人、その脇に若い妻がしがみついていた。


 アラビア語で尋ねると、沿岸航海をする船でインド洋の中心を航海するような水先案内人は載せていなかった。

 ポルトガル人は、拿捕したダウ船を曳航えいこうしたまま、継続してアフリカ東海岸を北上する。モンバサから三十リーグ(百四十キロメートル)離れたところに、また別の港を見つけた。

 一つの岬から弧状に延びる広い湾だった。マリンディの港だ。



 ヴァスコ達のアフリカ東海岸の武勇伝にも、すこし飽きてきたと思う。なので、マリンディのことは簡単に話しておこう。

 ヴァスコ達は、ここではうまくやった。途中で拿捕だほした老イスラム教徒を使者として港の領主様と交渉した。水先案内人を提供してくれれば、老イスラム教徒の妻を含めたすべての捕虜を釈放するという条件を出した。

 領主様が承諾する。

 このあたりまで来ると、イスラム教徒以外にもインドのヒンドゥー教徒の航海者もいた。

 領主様がグザラト(グジャラート)出身のインド人の水先案内人を紹介する。

 彼等は明らかにイスラム教徒ではなかったので、聖母子像のイコンやキリスト受難の板絵などを見せると、しきりに拝んだ。

 イスラム教徒ならば、偶像ぐうぞうを排除する。イスラム教徒のモスクに預言者ムハンマド(マホメット)の肖像が掲げられるなどということはない。

 インド人達は、それらの像を見て、ヒンドゥー教のヴィシュヌ、シバ、ブラフマなどの神々だと思ったのだろう。しかし、ヴァスコたちは彼らをキリスト教徒と誤認する。


 雇った水先案内人がサン・ガブリエルの艦長室でインド洋の詳細な地図を広げる。そして、風と海流について、詳しく解説した。どうも、インドに航海するのに良い季節が始まるらしい。

 ヴァスコが航海用の天体測定器具を見せても驚かない。それどころか類似の機器を出して見せたので、彼等はすっかり安心した。


 この男がいれば、陸地を離れてインド洋に乗り出して行っても安全だろう。


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