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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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オルダニー送受信所

 現代のイギリス海峡オルダニー島には二十程の要塞や砲台の跡がある。これらの要塞は古代から営々と築かれてきた。

 古代ローマ帝国はガリア沿岸の防衛と航路監視の目的で要塞を建設した。十世紀のノルマンディー公はバイキング対策に、イングランド王国は対フランス、チューダー朝のヘンリー八世もフランス対策が目的だった。

 そして、十九世紀のヴィクトリア朝期には、英仏戦争とナポレオン戦争の教訓から幾つもの要塞が建設された。この時にはクロンク要塞、アルバート要塞、ドイル要塞、ツアージス要塞などの大型要塞が建てられた。

 一番最後は、第二次大戦中のナチス・ドイツだった。当時この島はドイツに占領されていて、住民は本土に避難していた。上陸してきたナチス・ドイツ軍は西岸にアン砲台を築き、島に捕虜やユダヤ人の収容所を建設した。

 現在のオルダニー島には運用中の軍事施設は無いという事だ。


 砲台の事を battery という。この単語は、もともと『叩く』という意味で使われていた。叩く、から砲兵や大砲に転化した。

 十八世紀にベンジャミン・フランクリンは砲の『発射』からの連想で、電流を発射する電池をバッテリーとよんだ。

 さらに十九世紀、野球の投手のことを、球を発射する人、からバッテリーとよぶ。それが現在は投手と捕手の組をバッテリーと呼ぶことになる。これは電池の正負二極からの連想かもしれない。


 イングランド人が住む島の西側と、日本人が住む東側の境界には石垣が設けられヘンリーの軍隊が守備をしている。

 石垣の中央に桝形ますがたの交易所を建設したことは、以前に書いた。


 交易所から南に開けた港までの間に道がある。そこを片田が歩いていた。要塞跡の基礎の上に幾つもの新しい建物が建てられた。

 イングランドから豊富な石炭を得られるので、火力発電所が建設された。電力を用いた紡績ぼうせき機、織機しょっきが稼働する工場が作られる。

 現地のイングランド人が、自動で動く『つむぎ車』や『機織はたおり機』を見てあきれる。


 南に開けたロンギス海岸の近くに二階建ての大きな館があった。オルダニー通信所だ。隣に大きな鉄塔が建っている。片田が中に入る。


 真ん中に廊下がまっすぐに伸びて、その左右に幾つもドアがあった。ドアごとに個室の無線通信室になっている。奥には管理室が四つ程置かれていた。


 二階は大きな部屋になっていた。テレタイプ室だ。四十台のテレタイプが並んでいて、時々機械的な音をたてて、なにか印字している。


 南側が広間になっていて、長いテーブルが置かれている。若者たちがそこで事務作業をおこなったり、紙テープを穿孔したりしている。 みな守秘義務しゅひぎむ契約を交わした日本人の若者たちだった。

商品市況のような長い電文を送る時には、あらかじめ紙テープに穴を開けておき、一気に送信する。


 たくさんあるテレタイプは、それぞれ役割がある。


 一番手前のテレタイプは、気象通報用だった。各地の気象台や船舶から、緯度、経度、時刻、天気、風向風速、海流などが定型の一行書式で送られてくる。

 これをもとに、天気予報が作られる。


 次はの数台は市況しきょうだった。各地の物価や、最近は株式会社も増えて来たので、株価なども送られてくる。堺の相場板そうばいたの無線版だ。イングランドにいて、堺や博多の商品相場がわかる。


「おっ、アントワープの商店が発信しているな。もう営業を始めたのか」片田が尋ねる。

「はい、昨日から営業を始めています」

 片田商店が大陸に入ることは難しい。そこはカトリック教徒の場所だからだ。なので、イングランド人に商店を開いてもらい、そこの二階に通信室を設け、日本人の操作員が作業を行っている。彼らの表向きの身分はイングランド商人の奴隷ということになっている。

 市況調査などはイングランド人商人に依頼している。


 イングランドの大陸領土カレーでも同じようにしていた。

 地中海側のピサではユダヤ人のヤコブの店を借りている。

 アレクサンドリアやイスタンブールは、東洋人に寛容だったので店を開くことが出来ている。ここの市況調査は重要だった。イングランド人に東洋の商品を売却するときの基準になるからだ。


 ニュースや緊急事態通知のテレタイプがある。一四九七年の夏には、フィレンツェでペストが流行った。そのときはシンガからこのテレタイプに連絡が来た。

 当時まだ希少だった除虫菊の粉を急ぎでフィレンツェに運ばせた。ペストはノミが媒介ばいかいする病気なので除虫菊粉による燻煙くんえんは一定の効果がある。

 その他にも伝染病流行ほどではないが、いろいろなニュースが入ってくる。


 次のテレタイプは、薄い布で囲まれていて、印字がのぞき込めないようになっている。私的電報用のテレタイプだった。

 幾らかの料金を支払えば、誰でも電報が打てるようになっている。


「子供が産まれた。女の子なので、名前をつけて返信せよ」

「就職が決まった」

「金を送ってくれ」

「商談が成立した。売却価格は××だ」


 などである。それぞれ切り取ってローマ字の下にカタカナを書き添えて宛先に渡す。その日の電報担当者のみが操作できる決まりになっていた。


『ローマ銀行』の口座振替用のテレタイプもあった。これは連帳紙れんちょうしに印刷すると同時に紙テープにも穿孔せんこうされるようになっていて、複写・保存・再送ができるようになっている。


 二階の奥には施錠されている小部屋があり、そこのテレタイプは片田商店幹部専用だった。管理職が鍵を持っていて、許可されたものだけが使用できる。

 このテレタイプにはヴァスコ・ダ・ガマ艦隊の動静も送られてきている。彼らが時々見た、黒煙を吐きながら航行する機帆船から送られてきた情報だった。

 彼等がモザンビークで、何をやらかしたのか、それは既に送られてきている。

 ただ、モザンビークより北は、片田商店の航路から外れる。モンバサの状況は入って来ていない。



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世界は狭くなった(但し、片田商店に限る
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