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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
501/613

三国志演義 (さんごくし えんぎ)

 米十こめじゅう、金太郎、熊五郎の乗った輸送船が港に入港した。地元の言葉で『マンナ・ハッタ』という港だ。

 彼等は北の大きな島。片田が持ってきた地図にニュー・ファウンドランド島と描かれている島に行こうとしている。『ワクチン入りの翡翠ひすい顔料』を物々交換するためだ。


 先に同島に上陸し、交易しようとした輸送船が失敗していた。地元の住人がとても敵対的だったのだそうだ。

 おそらく、むかし、赤毛のヴァイキングが海の向こうからやってきて、そうとうやらかしたんだろう。


 そこで、米十が行けばうまくやるんじゃないか、ということでり出される。パナマからニュー・ファウンドランド島に行くときに、マンナ・ハッタは、最後の寄港地だった。ここから先は島まで停泊地がない。

 ここは、海流と偏西風に乗ってヨーロッパのオルダニー島に向かう輸送船の、アメリカ大陸最後の停泊地として建設された。


 入港すると、港の前に、どこまでも延びる広い道があった。地元の人は、この道のことをウィクカスゲックと呼んでいる。港の左右は川で、島のようにも見える。地元のレナペ族に定期的に交易品を渡して、島の南端部分の土地を借りていた。


 三人が船を降りると、目の前で漁をしている五人の男達がいた。大きな網を広げ、四方を四人の男が持つ。そしてもう一人の男が網の中心に向かって、なにやらブツブツと話している。

 三人は、イロコイ語系のレナペ族の言葉を少し聞き取れる。


「魚たちよ、我々は食べた魚の骨を焼いたりしないよ。だから、食べられても生き返るんだ。心配しないで網に入っておくれ」網をつかんでいない男が言った。この男は、『魚の説得係』だった。呪術師じゅじゅつしのようなものだろう。


「そんなわけないだろう。そう言っただけで魚が採れるようならば、苦労はない」金太郎がいった。

「まあ、お手並みを見てみようよ」米十が言う。


 レナペ達が網を上げた。大きな魚が一匹入っていた。

「ほう」米十、金太郎、熊五郎が感心する。レナペが魚を岸に上げ、もう一度網を降ろす。『説得係』の男が、こんどはタバコを取り出して、一つまみ水面に落とす。


「まあ、タバコでも一服いっぷくやんな。気楽にいこうぜ、兄弟」

「あれ、本当に効き目があるのかな」熊五郎が言う。

「さあな」


 やがて、四人がまた網を上げる。さっきより大きな魚が三匹も入っていた。

「やるなぁ」米十が言う。

「本当に効き目があるのかもしれない」


 それから、三回網を入れ、説得係がなにかささやく。三回とも採れなかった。

「ほらみろ、やっぱりマグレじゃないか」金太郎が笑う。


 説得係が岸にいる娘を呼んだ。岸に上げた魚のエラに藁縄わらなわを通して、まとめていた。

 呼ばれた娘が水の中に入っていく。

「網よ、網よ、元気を出すのだ。お前をこの娘と結婚させよう。だから元気を出して魚を採るのだ」


「今度は、網と娘を結婚させるのかよ。それで網がふるい立つのか」金太郎があざける。

 説得係がタバコを一つまみ水面に落として、なにかつぶやく。


 四人が網を上げる。三人が目を丸くする。二十匹以上の大きな魚が入っていた。

「すごいや、あの網のやつ、頑張ったな」米十。

「まいったな」と、熊五郎。

「こんなわけないだろう」金太郎が言った。




 このマンナ・ハッタは三方を川、南を海に囲まれた島だった。後にマンハッタン島と呼ばれるようになる。現地人がウィクカスゲックと呼ぶ道路は、ブロードウェイだ。

 ニューヨークの地図を見ると、碁盤目状に整然としたマンハッタンの道路のなかで、ブロードウェイだけが、斜めに横切っている。ビルが立ち並ぶ前からあった道だからだ。




 夜になる。港の集会場に日本人とレナペ族が集まっている。日本人の一人がレナペに向かって三国志演義を現地語に翻訳して語っている。明で出版された絵入り本を使っている。


周瑜しゅうゆ孔明こうめいに言った。矢が足りない」

「では、十万の矢を三日の間に用意いたしましょう。孔明が答える」


「そんなこと、出来るのか」レナペの男達が、口々に言う。


「孔明は舟を二十用意させて、それぞれに兵三十人を載せる。船の上には大きな藁山わらやまを作り、藁を布でおおった」


「それで、どうする」


「最後の日の夜、孔明は偽装ぎそうした舟を一斉に出発させ、対岸の敵の陣地に寄せた」

「対岸には曹操そうそうの軍がいた。夜の河で、時ならぬ喚声かんせいが響き渡る。曹操軍は、さては、敵襲か、と思い。一斉に川面に向かって矢を放った」


「孔明は大丈夫か」


「夜が明ける。孔明が用意した藁舟には、船体が見えない程に敵の矢が立っていた。それを見た孔明は、曹操に矢の礼を言って、対岸に去っていった」


「なるほどなぁ、そういうことか」


一通り語ると、本を向こうに向けて、絵を見せる。レナペの人々が、ホウッホウッといって感心する。


「これが孔明か」レナペの男が言う。

「そうだ」

「で、これが曹操か。憎たらしい顔だな」もうひとりの男が尋ねる。

「そのとおりだ」


 彼等の視線の先には針山はりやまのような船と、得意そうな孔明、くやしそうな曹操の似顔絵があった。


「なんで、ここまできて、三国志なんだ」米十が港の長官に尋ねる。

「それがな、ここの住人は、策略さくりゃくとか謀略ぼうりゃくというものを知らない。このままでヨーロッパ人が入植してくると、だまされることなるだろう」

「なるほどな、それで三国志か」

「そうだ、三国志は全編、策の固まりのような本だから、ちょうどいい教材だ」


レナペ族の漁については、以下の本を参考にしています。

「アメリカ・インディアン その生活と文化」

   青木晴夫、講談社現代新書

 ただし、同書では、レナペと同じイロコイ語族の、ヒューロン族の漁法として紹介されています。



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