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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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白米!

誤字修正

 竹を一節と三分の一の長さに切る。

 三分の一の部分はなたで何回か叩いてササラにする。ササラは火で炙ってタコ足のように広げる。一節の所のササラと反対の部分三分の二の所に縦に二か所隙間のある切れ目を作る。隙間により握ると内側に曲がる。そこに一回り大きい竹を切った筒を被せる。

 つまり持ち手のある茶筅ちゃせんが出来た。

 持ち手を手で握り、ササラの上の所に付けた溝に水車から誘導した紐を二巻きする。紐をピンと張ると茶筅が回転するが、手で持っている外側の筒は回転しない。

 片田は水車小屋の暗がりでニヤついた。


 いけるぞ。


 慈観寺の土間から、大きな竹ザルに米を一升と木椀もくわん、高さ三十センチほどの茶壷ちゃつぼ、とても小さいザルを入れて水車小屋に戻る。茶壷に米を二分の一程入れ、回転する茶筅を中に入れる。茶壷は深くて口が狭いので、茶筅を高速回転させても玄米が飛び散らない。ものの数分で玄米が白米になった。ザルの玄米を片側に寄せ、反対側に白米を戻す。最後に残った僅かの白米と糠は小さいザルで分離してぬかは椀に入れる。

 三十分程で一升の白米が出来上がった。ササラの繊維を注意深く取り除き、片田は意気揚々と寺に戻っていった。




美味うまい!」好胤こういんうなった。

その日の夕食は白米のご飯にソラマメ、青菜の塩汁、やはり青菜のお浸しに摺り胡麻を掛けたものだった。「これは美味いものだ」好胤はもう一度言った。

「あと、白米を作った後のこれを糠といいます。この中にも体に良い物があります。ですので捨てずに糠床ぬかどこという物を作って野菜を漬けます」

「しかし白米を作るのは、手間の掛かるものではないか。これを毎日食べてもよいのか」

「この精米器があれば、それほど手間の掛かるものではありません、半刻もしない内に二升の米が白米になります」

「ほお。そういうものか」

 この時代、白米は知られていた。しかし精米に手間がかかるので日常食べられるものではなかった。

「ところで、気になっていたんですが、『とび』の村が本当に十貫もの銭が出せるのでしょうか」

「いや、出せぬ」

「では、なぜ十本も欲しいと言うのでしょう」

「『とび』の村は、川向こうでは一番高い所にある村じゃ、あそこに水を揚げれば、粟殿おおどの上之庄かみのしょう大泉おおいずみ十市とおちまで潤すことが出来る」

「十貫の銭の出どころは領主様の十市播磨守とおちはりまのかみ様じゃ」




 翌朝、『ふう』と犬丸が慈観寺にやってきた。『ふう』は手に小さな鍋を持ち、背中に草刈籠くさかりかごという目の粗い竹籠を背負っていた。

 今日、片田達は、揚水機設置前の最後の調整を行う予定だった。

「それ、何を持ってきた」片田がふうに尋ねた。

にかわ。すくりゅーの合わせ目の所に塗れば水が漏れにくいかな、と思って革屋から貰ってきた」

 片田は鍋をのぞき込み、臭いを嗅いだ。少しだけ獣の臭いがしたが、飲み水に使うわけではないので、大丈夫だろうと思った。

「『ふう』が自分で考えたのか」

「そう」

「そうか。では試してみるか」

 『ふう』が強く頷いた。それを見た犬丸もおおきく頷いた。


 河原で焚火たきびを起こし、鍋を掛ける。鍋底で固くなっていた膠が、外側から溶けてくる。温度計が無いので確かなことは言えないが、八十度くらいで柔らかくなるように見えた。

”これなら、夏場でも融けなさそうだ”片田は思った。

 鍋の膠が全部融けた。『ふう』は草刈籠から刷毛はけを取り出して、スクリューの割れ目に膠を塗り始める。時間をかけた丁寧な仕事だった。


”『ふう』にとって、この揚水機は特別なものなんだろうなぁ”片田は思った。

 しばらくして『ふう』が仕事に納得したようだった。片田は『ふう』から刷毛を受け取り、片田の鍋で沸かした湯で刷毛に付いた膠を落としてやった。

「じゃあ、動かしてみるか」

「そうね」『ふう』が言った。

 『ふう』と片田がスクリューを持ち上げ、遊び歯車の所の縄を回す。スクリューが回り始める。

 しばらく二人で見ていた。スクリューの胴からはまったく水が漏れなくなっていた。

「上手くいったじゃないか」片田はふうに言った。

『ふう』は、スクリューを見ながらにこにこと笑った。


「もう一つ思ったことがある」ふうが言った。

「なんだ」

「あの縄の結び目だ」

 それは片田も気づいていた。結び目がない方がいい。しかし片田の技術ではどうしようもなかった。

「あれは、私も気になっていたが、どうしようもない」

「『ふう』なら出来るかもしれない」

「それなら、鍋蓋につながる縄でやってみるか」

「やってみる」

 片田は縄を解き、『ふう』に渡した。

 『ふう』は、縄を鍋蓋とスクリューの所に当てて、必要な長さの見当を付ける。合わせる所に消し炭で二か所印を付ける。次いで縄の両側の繊維を、印より少し余計に解す。印の所で両方の端を合わせ、平行になっている繊維を、交互に編み込む。繊維同士の摩擦だけでも十分強度があるように見えたが、最後に『ふう』は何か所か小さな結びを作って強度を確実にした。

「出来た」


 二人は縄を揚水機に取り付けた。結び目が無いので、揚水機は前よりもスムーズに動いた。

「風車と遊び歯車の所の縄は、今じゃなくって、組み立て直す時にやろうと思う」

 実際の設置場所に組み立てる時にやろうということだと片田は理解した。


「それと、縄がゆるむこともある」

「それで」

「これを使おうと思う」ふうは草刈籠の中から竹の輪を幾つか取り出した。

 その輪は、回転筒と同じくらいの径の竹を薄く切ったものだった。輪の三分の一は切り取られていたのでアルファベットのCの形だ。切り口の所は薄く尖っている。

「これを、ここに入れる」

 『ふう』は二つの遊び車を支えている竹の輪の上の部分を指した。その部分の回転筒は少し削ってあるので、『ふう』の輪を挿し入れれば、遊び車が少し下がることになり、風車との間の縄がピンと張る。

「『ふう』は、厚いのや薄いのを作った。ちょうどいいのをここに入れればいい」

 『ふう』が笑った。


 片田は驚いた。スクリューの隙間や結び目のことは片田も問題だと考えていた。どうしようも無かっただけだ。しかし縄の緩み対策は考えていなかった。結び直せばいいくらいにしか思っていなかった。『ふう』は縄を編み込んでしまえば、簡単に結び直すことが出来ないのを知った時、別の方法で縄をピンと張る方法を工夫したのだった。


 片田は心が動かされるのを感じていた。

 この子は教育を受けていない。せいぜいかなや簡単な漢字を教えてもらっている程度だろう。しかし、これは教育や知識の問題ではない。自分の頭で考えることができる、ということなのだ。さらに、次は、その次は、と考えることも出来る。

 この子が特殊なのか、それとも他の子どもたちにも考える機会を与えれば、同様に自分の力で考えることが出来るのだろうか。

 もし、そうならば、何か大きなことが出来るかもしれない、片田はそう考えていた。




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