聞香 (もんこう)
「クニヨン港から入電しました」艦長の金口の三郎が提督室に入って来て、そういってニヤニヤ笑う。
「なんだ。どうかしたのか」片田が答えた。
「なんでも店主がクニヨンに来る、というので、向こうではお祭りを企画しているようです」
「お祭りだと、なんだそれは」
「さあ、歓迎の意を表す、ということなのでしょう」
一介の陸軍士官出身の片田としては、そういった晴れがましいことは苦手だった。
「まぁ、しょうがありませんな。なにしろ片田商店との取引でクニヨンの港は大きく栄えることになりましたからな」そういって金口艦長が出ていった。
クニヨン港はチャンパ王国の首都ヴィジャヤの外港として栄えていたが、大越の侵入によって、一度焼かれた。その後大越人の町として再興するが、片田商店は早くから出店して、大量に伽羅などの香木を買っていた。
商品の代価として、金銀を要求してきた片田商店も、ここでだけは香木の代金を金銀で収めるしかなかった。
米も麦もあまり作っていないので、肥料は売れない。海に魚が豊富で陸には果実がたわわに実っている。
金銀か、布くらいしか必要としているものがなかった。
この港で従来から使われてきた通貨は、『七成淡金』という。金七割、銀三割の合金だった。
片田商店でこの合金を鋳り、刻印を押して『片田淡金』として、支払いに充てた。
クニヨン港のシンボルである大きな石塔が見えた。『金剛』と、その艦隊が入港する。港には商館と五、六十軒の民家や店などが並んでいた。
布や花で飾り立てられている。歓迎の意を表しているのだろう。
『金剛』は大きすぎて埠頭に接岸できなかった。なので、連絡艇を使って上陸する。
埠頭前の広場に楽隊が並んでいて、片田と艦長の三郎が上陸したとたんに、なにかを演奏しはじめた。
木製の胴に革を張った太鼓を叩く、青銅製の打楽器がカンカンと鳴る。バイオリンのような弦楽器がギーギーと軋る。笛やラッパもあった。男達はザンバラ髪で、女達は髷を結っていた。
その音楽が合図だったのだろう。村の向こうから、隊列がやってくる。二百人程の兵が四列に並び、こちらに向かって来る。その先に象が続く。背中に輿のような座席が付けられていて、地域の族長だろうか、着飾った男が座っていた。
象の後ろにも二百人の兵が続く。
広場に来ると、兵達は横に整列し、象が前に出る。奴隷が肩と、前に結んだ両手で階段を作り、族長が象から降りてくる。
「片田商店、店主殿。当クニヨン港への御来航、心より歓迎いたします。宴を用意しておりますので、ごゆっくり、お寛ぎください」
あらかじめ準備していた族長の言葉を通訳が話す。そして族長が片田の方を向いて、ニヤリと口を開く。
キンマという嗜好品を常用しているので、口の中が血を吐いたように真っ赤だった。片田はゾッとしたが、顔には出さないようにする。
広場に白い布が敷かれ、その上に食台が並べられた。焼いた羊、蒸して塩をまぶした魚、西瓜、甘蔗、椰子、波羅蜜、芭蕉などが並ぶ。
胡瓜や瓢箪の酢の物も出た。
酒なのだろうか、怪しげな甕が座を回る。細い竹筒を差し込み、中の液体をすすって飲む。片田も勧められ、呑んでみた。米から作った酒のようだ。
宴席の周囲では、ひっきりなしに楽団が演奏する。
歓迎してくれるのはありがたいが、少し閉口する。なので、主役を金口の三郎の方に振り、機を見て席を外した。
現地の片田商店に向かい、『離れ』に入った。このあたりは静かだった。『離れ』の隣に広い作業場が出来ていた。持ち込まれた香木の選別場だった。今日は休みの日らしい。中心に子供達が十人ほど、車座になって座っていた。その中心に菊丸がいる。
「やあ、菊丸。ひさしぶりだな」片田が声を掛ける。
「あ、片田様ですか」菊丸が見えない目を片田の声の方に向けた。
「そうだ。元気にやっているか。私のせいで、安宅丸を大西洋に行きっぱなしにさせている。すまないな」
「とんでもありません、お仕事ですから」
「なにか不自由なことがあれば言ってくれ。安宅丸の代わりに融通しよう」
「いえ、何も困っておりません。十分に暮らしております」
応仁元年(一四六七年)に数えで十一歳だった菊丸も、今年四十になった。このクニヨンで村人から持ち込まれる香木の鑑定をして暮らしを立てていた。
菊丸が正確な鑑定を行うので、片田商店のクニヨン産の香木は、日本の数寄者達に信頼されるようになった。今ならばブランド化に成功した、といえるだろう。
「そうか、それは良かった。ところで、子供達を集めて、何をしている」
「聞香を教えていたのです」
「子供たちにわかるのか」
「初歩的な、良い香か、そうでないか、程度ならば誰でも訓練すれば覚えられます」
「そういうものか」
「はい、でも、それが出来るだけでも、この選別場で仕事に付けます。初歩的な選別を任せる仕事がありますから」
「と、いうことは、それで食べていけるのか」
「そうです。目の見えない私が聞香で生計の道を見つけたように、この子達も仕事を覚えれば最低限の生活が立ちます。より深く知れば、良い暮らしが出来るようにもなります」
「そうか、自立して生活するだけではなく、人の役にもたっているというわけだな。立派になったな、菊丸」
今回、投稿前の校正作業をChatGPTさんにお願いしてみました。表記の揺れや誤字脱字だけではなく、歴史的な考証まで、ある程度してくれました。
例えば、『象』を間違って『像』としていたところを指摘してくれました。
歴史考証については、以下のような感じでした。
内容・事実チェック(歴史や文化)】
チャンパ王国/ヴィジャヤ/大越の関係:設定はおおよそ史実に合致しています。ヴィジャヤ(現在のベトナム中部)は確かにチャンパの都で、後に大越に征服されています。
香木(伽羅)・キンマ・香道(聞香)・甕の酒・象の使用・ザンバラ髪・髷:
すべて時代や地域性にマッチしており、考証は良好です。
応仁元年=1467年:正確です。
バナナ=芭蕉・波羅蜜=ジャックフルーツ:どちらも正確な表現です。
なお、ChatGPTさんは『瀛涯勝覧』という書物の存在は知っていましたが、内容は読んでないようです。
5. 「七成淡金」
→この語は架空と見られますが、造語として自然で意味も明確。問題なし。
なんて、指摘をいただきました。実際には同書の中に登場しています。
そして、最後にこんなことを、言われました。
【次のステップ案】(ご希望であれば)
表現の調整(文体の統一、地の文と会話のトーン整理)
小説全体の構成チェック(導入・山場・対立・解決の構造化)
キャラクター描写の厚みの追加や歴史資料との付き合わせ
読者層を想定したリライト(一般向け/歴史ファン向けなど)
さすがに、これをお願いすると、自分の文章じゃなくなるような気がして怖くなり、この蓋は、開けませんでした。
気になる方は、自分の文章で、試してみてください。
私が使った依頼文は以下の通りです。
『これから私が書いた小説の一部をアップします。誤字脱字や事実誤認がないかどうか、わかる範囲で校正してみてください』
【感想】
こりゃ、便利だわ。以後は投稿前にChatGPTさんに校正をお願いすることにしよう。