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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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『金剛』 (こんごう)

金剛こんごう』は全長六十メートル、排水量はいすいりょう約二千トン、片舷三段十門、両舷合わせて六十門の砲を持っていた。

 十八世紀のイギリス海軍戦列艦、ヴィクトリー号は三千五百トンもあったので、それより二回りくらい小さい。


 明の南海遠征とポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマの船団の規模についても、書いておこう。

 鄭和ていわの第一回航海の規模は、六十二隻、旗艦は千二百トン、全長六十メートルだった。

 ガマの第一回航海は四隻、旗艦サン・ガブリエルは百二十トン、全長三十二メートルの規模だった。

 高校世界史の副読本から採ってきた数字だが、これを当時の東洋と西洋の実力差だ、と考えることはできない。

 明の航海の目的は明帝国の威光いこうを諸国に知らしめることであるから、大規模なものになる。

 かたや、ガマの艦隊は探検が目的であり、小回りの利く船が好まれた、ということを忘れてはならないだろう。

 コロンブスも探検航海にあたっては鈍重なナオのサンタ・マリア号を嫌い、軽快なキャラベルである、約六十トンのニーニャ号の方を好んだ。


 艤装ぎそうが終わり、竣工しゅんこう式が行われた。博多までの試験航海を終え、いよいよ外海に向かって出航する。

 片田が『金剛』に乗り、インド洋を経て大西洋に向かうことになっている。


 この船は石炭を燃やして蒸気を発生させ、それを蒸気タービンに導き動力を得る機関を持っていた。高速で回転するタービンは減速機げんそくきを通じてスクリューを回す。

 タービンを回転させた水蒸気は復水器ふくすいきで回収され、再利用される。

 この水は海水ではなく真水まみずだ。


 蒸気機関車とは異なり、水蒸気が回収されるので真水の消費は少ないが、それでも補給はしなければならない。『金剛』では、海水を蒸留する装置が置かれているので、周囲の海から真水を得ることが出来た。


『金剛』は新造の巡洋艦『青葉あおば』、『衣笠きぬがさ』、工作艦『明石あかし』、石炭輸送船、十隻の貿易用輸送船と共に出航した。

工作艦『明石』は『浮きドック』を持つ船舶修理艦で、船に工場が載ったような艦だった。

カーボ・ベルデに配備されることになっていて、大西洋艦隊の修理をおこなうことが期待されている。。




『金剛』は艦隊の旗艦きかんとなることが予定されていた。なので、艦長室とは別に、艦隊を指揮する提督のための部屋が用意されている。

 今回の航海では、片田が提督室を使用する。無線機が備えられていて、日本と会話していた。相手は太政官だじょうかん左中弁さちゅうべん右中弁うちゅうべんだ。

 翌日の朝議の議題について、片田の意向を訪ねていた。こうすれば、出張していても朝議で意見が言えた。


「利根川の河道を渡良瀬わたらせ川に持っていくというのか、それは大仕事を思いついたもんだな」

「はい、おおまかに概算しただけでも、莫大な費用がかかります」民部省みんぶしょう管掌かんしょうする左中弁が言った。

「で、皆の意見はどうなのか」

「反対と賛成が同数、というところだと思います。治水のためだといっても、利根川の下流域には、それほど人が住んでいません」


 片田が考えた。そして答える。

「こう考えたらどうだろう。利根川を東に向ければ、現在の利根川流域の氾濫原はんらんげんを水田にすることができる。明日までにどれくらいの面積が水田にできるか、試算してみるんだ」

「荒い試算しかできませんが」

「それでもいい。とにかく、その試算を見た上で朝議を行って欲しい、と伝えてくれ。私は賛成も反対もしない」

「わかりました」


 つぎは兵部省ひょうぶしょうを管掌する右中弁が発言した。

兵部卿ひょうぶきょうから水雷艇すいらいてい母艦ぼかん建造の申請がありました。三隻の母艦を建造したいそうです」

「それは、私も企画に参加しているので知っている。ぜひ許可してやって欲しい」

「承知しました」


「あと、『らぢお』局開局の申請がありました」これも民部省の所管だった。

「許してやればいいのではないか」民放みんぽうのラジオ放送局を作りたい、というのであろう。


「わかりました。しかしながら……」

「ん、なんだ」

「最近は、あれも、これも、民部省の所管ということで、大変忙しくなっております」

「そうだな」


 律令官制は、税制関連を民部省、軍事を兵部省、司法を刑部省ぎょうぶしょうが管轄する以外は、ほとんど宮中の業務が対象だった。


 土木工事案件や、民間企業案件など、すべて、とりあえず民部省に持ち込まれていた。現代において総務省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省などが行っている仕事がすべて民部省案件になっている。


「たしかにそうだな。民部省の職務を幾つかに手分けしないと、いずれ手に負えなくなるな。よし、左中弁殿、その素案を貴官が考えてみたらどうであろう」

「わたしが考えるのですか」

「自分が考えたものならば、愛着がわいて、一生懸命実現しようとするだろう」

「確かに、そのとおりですな。承知いたしました」

「よし、まかせた」


 通信を終えた片田が提督室後部の、外に張り出した回廊に出る。帆船時代には艦尾は風上だったが、スクリュー推進艦の場合には、風向きは無関係になる。たいがいは風下になる。

 なので、歴史的には艦長室や操舵室などは、前方の見晴らしがよい船体中心の艦橋に移動していくのだが、『金剛』では、まだ艦尾にあった。


 一四九六年秋の南シナ海だった。左手から低い夕陽が射しこんでいる。

片田の正面に白い航跡こうせきが延びている。数匹のイルカが『金剛』の航跡を追う。驚いたトビウオが斜めに行き交う。

 潮と石炭のにおいがする。蒸気タービン機関のゴォォォという低い音と、小さなキーンという高い音が混じって聞こえた。


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