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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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焦熱地獄 (しょうねつ じごく)

 この時代の足利成氏しげうじや、その息子政氏まさうじは火薬というものを知っていただろう。少なくとも元寇げんこう襲来時の『てつはう』は間違いなく知っている。

 他にも同時代の京都東福寺とうふくじの僧侶、雲泉太極(うんぜんたいきょく)の日記、『碧山日録へきざんにちろく』というものがある。

 この日記によると、応仁の乱のときに、細川陣営に火槍かそうとかいうものが配備されていたという。これはきっと、筒井つついが片田商店の舟から盗んだ火薬を使った物だろう。

 この『火槍』が、火薬で飛ぶ槍なのか、鉄砲なのか、火炎放射器なのか、それとも『てつはう』のような爆弾だったのか、いろいろな議論があるので、そこに立ち入るのはよそう。

『碧山日録』は『国立国会図書館デジタルコレクション』にあるので、ネットにつながっていれば読むことはできる。読むことはできるが、漢文で、しかも名文なので、目が泳ぐ。なので、該当箇所を見つけることはできなかった。


 とにかく、火薬は知っていた。そして皇軍こうぐんが火薬を使って遠距離の目標を攻撃することができるなにかの兵器を持っていることも、わかっている。成氏が本丸の一角にあるやぐらに登る。彼らの戦い方をどうしても見てみたかった。

西を見ると、渡良瀬川の対岸に不細工な舟が、鼻を葦原あしはらに突っ込んで並んでいる。なにかをこちらに向けているのがみえる。

 あれが皇軍の飛び道具か。


 眺めていると、左手、渡良瀬川下流の方から多数の似たような小舟が川を上るのが見え始めた。どの舟も、西岸の際を走る。二の丸からの矢を避けようとしているのだろう。小舟の側面には板盾いたたてが並べられている。

「帆もないのに、良く川を上る。はあるようじゃが、いでいるわけではないな。どうやって進むんじゃ」

 感心していると、城から少し離れたところに上陸を始める。小舟が出たり入ったりして、あっというまに二千程の兵が城の北西に上陸した。

「大河に沿ったところなら、どこにでも、容易に兵を運べるということか。あれならば歩くより速く、兵も疲れない」武将らしい感想だ。


 空を見上げると、たこのようなものが一つ飛んできた。いや、凧じゃないな、風向きに関係なく、南北に往復している。近づいてきたときに目をらすと、頭が二つ見えた。なんということじゃ、人が乗って飛んでおるのか。


 そう思った時だった。背後、南の方から、シャーッ、という猫の唸りのような音が聞こえた。なんだと思って振り向くと、白い煙がこちらに向かって飛んでくる。


「なんじゃあ、ありゃあ」そう思ったとたん、成氏の左を通過して、沼に着弾する。水面に炎があがる。焼夷弾しょういだんを使っているようだ。

 しばらくして、もう一つ、さらに一つ飛んでくる。やがて本丸の中に落ちるようになった。

丸の内の広場に着弾し、炎が飛び散った。

 それがしばらく続く。

「威力はすごいが、一発撃つのに時間がかかるようじゃ。これならば、対処のしようもある」そう言って、消火を命じた。本丸守備は玄武げんぶ隊、すなわち老人ばかりだった。木桶きおけを持った老兵が走り回る。さぞや、しんどかろう、こうなるとは思わなんじゃ。


 シャーッ。


いままでよりも大きな音がした。成氏が南を見る。無数とも思える白い煙がこちらに向かってきた。百本以上だろう。成氏が腰を抜かしそうになり、あわてて櫓の一端を握りしめる。

白い帯が広がり、彼を目指して飛んでくる。これは、助からん、と思ったが、直前で下に向きを変える。


本丸のいたるところに皇軍の飛び道具が落ちた。落下点に、炎が燃え上がる。屋形やかたや納屋、渡り廊下はもちろん燃えているが、地面すら燃えていた。まるで火の海だった。

紅蓮ぐれん”という言葉を仏教書で読んだことはあった。しかし、それを目の当たりにすることになるとは思わなんだ。

成氏の眼下で、赤やだいだいの炎が風に吹かれてユラユラと揺れている。


その火の海の中で、兵や将が文字どおり『火だるま』になって転げ回る。どれほど苦しい事だろう、焦熱しょうねつ地獄とは、このことか、成氏が思った。本丸にいる兵士の多くは助からないだろう。

そして、歯ぎしりしながら南を見る。


また、一本の煙が飛んできた。これは渡良瀬川に落ちた。

「と、いうことは、やつらめ、次は二の丸を狙うのか」成氏が察した。これを繰り返すのか。それをさせてはならぬ。



 成氏が櫓の床を見回す。旗を入れた箱がある。その中から白旗を二本取り出す。

“これ以上は、無駄だ”、そう意を固めて、空を飛ぶ凧に向かって白旗を振った。


 凧が翼を左右に振る。わかったという意味なのだろう。成氏が、それなりに理解する。

 それまで、南北方向に行き来していた凧が本丸を中心に旋回を始める。成氏にはわからなかったが、このような運動をすると、飛行艇は照準が難しくなる。

 銀丸しろがねまるなりの停戦の意思表示なのだろう。


 二の丸の足利政氏からも、本丸の様子が見えた。本丸を囲む土塁があるので、内部がどうなっているか、それはわからないが、一面に炎が燃え上がり黒煙が高く上る。中はそうとうひどい有様だろう。

 そして、次に渡良瀬川に一本の白い煙が落ちた。次は“俺達か”、政氏もその白煙の意図に気付く。

“父上、どうする”、そう思い本丸の櫓を見上げる。櫓で先の古河公方、足利成氏が両手で白旗を振っていた。


“やはり、降伏するのか。これでは無理もない”

「二の丸にも白旗を上げよ」政氏が叫ぶ。そして「大槌おおづちを持ってこい、本丸との間の木戸を破って、本丸内の兵を救出する」と命じた。


南からの白煙が止まった。


 木戸が破られた。兵が手桶の水で本丸広場の炎に水を掛ける。

「こりゃあ、だめだ。燃えているのは油だ。水をかけても拡がるばっかりだ。砂だ、砂をもってこい」


 本丸口に向けた手桶リレーの列が出来る。本丸内に土砂をき、消火地帯を拡げていく。本丸内で生きていることが確認できるのは櫓の上の成氏一人だった。とりあえず、彼を助けることを優先することにした。


「父上、もうすこし待っててください」政氏が叫ぶ。しかし、櫓の下半分には炎が延びていた。

「おい、もっと持ってこい、列を三列に増やすんだ。そこ、なにボヤっと見ているんだ。もっと手桶を持ってこい」


 彼らが消火している周囲には、幾つもの息絶えた焼死体が転がっている。死んだ虫のように手足が曲がっている。くやしかったが、今してやれることはなにもない。


 成氏の櫓を目指して消火地帯を拡げてゆく、櫓の基壇きだん部分が燃え尽きる。櫓が傾き、本丸の側に傾く。

「父上、倒れます。何かにつかまってください」政氏が言った。成氏が、わかった、と手を挙げる。次の瞬間に櫓が倒れ、横倒しになった。


 皆で、成氏が倒れ落ちたところまで必死で消火帯を拡げ、政氏が成氏を炎のなかから引き抜いた。

「父上、大丈夫ですか」

「うぅむ、生きておる」


「他に生存者がいるか、さがせ」政氏が周囲に叫んだ。


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