古河攻め (こが ぜめ)
皇軍による『古河公方攻め』は、電撃戦になる。
古河は関東平野の内陸部にあったが、河川が利用できる。片田順と皇軍の近衛中将、小山朝基は、そう考えた。朝基さんは、片田商店軍を建設した小山七郎さんの息子だ。以前によく登場していたので、覚えている方もいるかもしれない。
すでに齢七十を越えているが、まだ矍鑠としている。どことなく七郎さんに似てきた。
近衛中将というと、従四位下相当の官職である。先に制定された征夷大将軍の位階が従四位上だったから、かなりの出世である。
関東平野の隅田川から荒川に到る線の東。そして渡良瀬川から現在の江戸川に到る線の西側。そして、両者の間に利根川が流れている。このあたりは三河川の氾濫原になる。中世には利用しにくい土地であった。
なので、両河川に挟まれた地帯には、目立った城は幾つも無い。
岩槻城、蕨城、最近有名になった葛西城くらいが知られているところだ。
そして、その地帯の左右には台地が広がる。江戸城や国府台城は、その台地に建設されている。
船外機エンジン付の小型舟艇を多数用意して河川を上り、渡良瀬川に沿って建築された古河城を強襲する。
それが、二人が考案した電撃戦だった。
二種類の舟が建造された。
まずは十名の歩兵分隊を載せる分隊上陸用舟艇だ。これはどのような川岸にも接岸できて、歩兵一分隊を上陸させることが出来る。舟の操作と荷物運搬のために、二名が加えられ、乗員は一艘あたり十二名になる。
この舟艇は分解されたままで輸送され、現地で木槌を使って組み立てる。
工作を容易にするため、曲線部分などない、簡易な箱舟だった。
もう一つは平底の輸送船だ。これも船外機が付いている。輸送するものは、分解格納された多連装噴進砲(MLRS)、その砲弾、小銃と銃弾、糧秣、さらに兵など、様々だった。
この輸送船が外洋に出るときには、アウトリガーを装着する。これにより太平洋に出て、巡洋艦、砲艦、輸送艦で牽引輸送することができるようになった。
船で古河までいくためには、東京湾に入り、渡良瀬川(下流は現在の江戸川)を遡らなければならない。まず、古日比谷入江に砲艦を二隻侵入させ、江戸城に向かって艦砲射撃を行う。この時期の江戸城は扇谷上杉氏の城で、反幕府になっていた。
その間に平底輸送船群が現在の江戸川に入る。国府台はやりすごし、古河公方の支配する関宿城手前で、一旦上陸し、これを攻略する。
指揮官は近衛中将の小山朝基だ。
関宿城は、戦国の梟雄、北条早雲の孫である北条氏康に「この地を抑えるという事は、一国を獲得する事と同じである」と言わしめた要衝の城だったが、MLRS、軽迫撃砲、小銃の前では、さしたる抵抗もできなかった。大量のロケット弾が、防柵を飛び越えて直接本丸に飛んでいくのだから、無理もない。
攻略した関宿城と、その周囲を兵站基地とし、東京湾に浮かぶ輸送艦から平底輸送艇で物資を運び込む。
一回の攻城戦に十分であろう、という備蓄が出来た。朝基が古河公方に向けて軍使を送る。
「『廃国置県』じゃと。令制国を廃止して、以後の国は『日本』一国とする、というのか」足利成氏が朝基の軍使に言った。
すでに、息子の政氏に古河公方の役を譲ってはいたが、支配権までは手放していない。
「では、国の守護はどうなるのか」
「元々幕府により任命されただけの守護です。国が無くなれば守護役もなくなりますが、それでは不本意でしょうから、御門が爵位を授けます。爵位があれば、相応した年金がお上から下げ渡されますので、生活の心配はありませぬ」
「小山や結城、佐竹はどうなる」
「守護よりは一段下がりますが、やはり爵位を与えます」
「何故、国を無くす」
「国内の争いを無くすためです。国内で争ってはならないと上様がおっしゃっています」
「従わぬと、どうなる」
「朝敵とあらば、征伐することになります」
“朝敵か”。成氏は『享徳の乱』の三十年間、ずっと朝敵の汚名を着せられていた。
当時の事だから寺子屋で孫が「朝敵の子だ」といじめられるようなことはなかっただろう。しかし、自らが朝敵だというのは、憂鬱なものだ。
「して、またあれを持ってきているのか」
「あれ、とはなんでしょう」軍使が尋ねる。
「あれじゃ、金文字で『天照皇太神』と書かれた赤い旗だ」
「おぉ、『錦の御旗』のことですか。もちろん上様からお預かりいたしております」
「ふぅむ。ちょっと待っておれ、すこし内密で相談する。政氏、ちょっと来い」
そういって、成氏が息子を連れて退席した。
「空阿弥、どう思う」成氏が控えていた者に尋ねる。渋い直垂をまとい同朋頭巾を被った男だった。
相阿弥の弟子だ。茶道具などの鑑定を商売にして国々を回っているが、各地の様子を知らせることも大事な仕事だった。
「そうですな。西国は大きく変わっております。鉄路の上を、煙を吐きながら走る列車、風上に向かって走る船があたりまえになっています」
「うむ、そういっていたな」
「火を噴く『地獄車』という兵器は、一里(四キロメートル)先の本丸を瞬く間に炎上させてしまいます。きっと持って来ているでしょう」
「うむ、関宿の城が一日でやられたという、間違いあるまい」
「失礼ですが、この城も一日持つか持たぬか、というところではないかと」
「そうか」
「しかし、父上。一矢も放たぬまま降伏するのでは」公方の政氏が言った。
「そうだ、関東の武者に示しがつかぬ。よしわかった」
成氏と政氏が、軍使が待つ間に戻って来る。
「降伏はせぬ。攻めてくるがよい」
「よろしいのでしょうか」そういって、軍使が成氏と政氏を見つめる。そして何かを感じ取ったようだった。
「わかりました。それでは合戦いたすことといたしましょう。ただし、その気になられたときには、いつでも塔なり櫓なりに白い旗を立てていただきたい。そうすれば、ただちに攻撃は止みます」
「戯けたことを言うな。が、言いたいことは、わかった」成氏が答えた。




