ゴム
茸丸が夏実を研究に戻す。茸丸自身は温室に行くことにした。改めて『三十九番』を見ておこう。
研究所の南側に、小中学校の体育館のような大きな建物がある。ガラス張りだった。ここが茸丸達の温室だった。
この温室は、植物園にもなっていて、村人がはいることもできる。
体育館サイズのとなりには五つ程のビニールハウスくらいの大きさの温室があった。こちらは苗や、草を栽培している。
一番左側のビニールハウス(ガラス張りだが)は、茸丸など数名しか入れない、最重要植物の栽培を行っている。除虫菊もここで栽培されていた。
茸丸が、その温室にはいる。右手に幾つもの鉢が並んでいて、いずれも白い花が咲いている。鉢には経木の小片が刺さっていて、番号が振られていた。
「どれが、『三十九番』だったか」茸丸が探す。
「あ、これだ、これだ」そういって、一抱えもありそうな大きな鉢を手前に引き出す。
切れ込みのある葉が地面近くにまとまっている。そこから細長い茎が無数に空に向かって伸び、それぞれの先に一つの白い花が咲いている。一つの花のようだが、よく観察するとたくさんの花が集まっているのだった。実は花弁一枚が一つの花で、中心の黄色い部分に花弁の数だけ種が出来る。
その種に殺虫成分が含まれる。
しばらく除虫菊を眺めていた茸丸が立ち上がり、温室の左側を見た。
「次は、お前たちの番だな」茸丸が言った。
この温室の左側には、たくさんのパラゴムノキの苗木が植えられている。茸丸が話しかけたのはゴムの木だった。
ゴムというものは、現代文明に欠かせないものだ。なぜ、こんな不思議な物が存在するのか、よくわからないところもある。
例えば、幅広の輪ゴムバンドを、鼻と口の間の敏感な肌などに当てて、引っ張る。こうするとほんの僅かだが、温かくなる。力を緩めてゴムを縮めると、ほんの少し冷たく感じる。
同じことを、金属バネを使って試しても、温度は変わらない。
この現象を統計力学では『エントロピー力』というものを導入して説明するのだそうだ。乱雑だったゴム分子が、引っ張られることにより、整列する。つまりゴム分子の位置エントロピーが減少する(配置空間エントロピーとも言う)。減少させた力の本質は腕によって与えられた力だ。
しかし、急激な位置エントロピーの減少に対して、ゴムが安定するために、ゴム分子の運動が活発になる(運動量空間エントロピーが増大する=少し熱くなる)と言うことが起きている。
力を抜いた時には、その反対に、運動量空間エントロピーが減少して配置空間エントロピーに移動する。分子の運動速度が少なくなるので冷却する。
より詳しい説明を求めるならばChatGPTさんに聞いてみても面白いと思います。試したところ、私より要領よく説明してくれました。
統計力学を持ち出さなくとも、ゴムはその弾性や絶縁性で、あらゆる工業品に使用されている。
エンジンには無数のパッキンやガスケットが使われている。自動車にはゴムタイヤがある。船のスクリューと船体の間にもゴムが使用されている。電線の被覆材としても多用される。接着剤の原料にもなった。
パラゴムノキの幹に傷をつけると、白い樹液が出てくる。サトウカエデからメープルシロップを採る要領に似ている。これをラテックスと呼ぶ。
当初はラテックスを凝固させてゴムとしていた。いままでに、これほど弾性のあるものを見たことが無かった。
コロンブスがカリブ海の島でゴムボールを見て非常に驚いたとされている。
ヨーロッパの人々はゴムを使って、防水布やゴム靴を作ってみた。しかし、これは寒いとひび割れ、暑いと溶けるという厄介な物だった。
四百年後、アメリカにチャールズ・グッドイヤーというゴムにとりつかれたような男が出現する。
彼は借金を繰り返し、時には債権者に訴えられ、自宅と刑務所を行き来しながら、ゴムを改良しようとした。
酸化マグネシウムを加えた、生石灰と混ぜて煮てみた。アルカリを添加した。硝酸に浸してみた。ありとあらゆることをやってみた。
ゴムに取りつかれて八年後、やっとゴムに硫黄をまぜるという加硫法に到達する。これによって、加熱してもゴムが溶けなくなった。彼は一八四四年に加硫ゴムの特許取得に成功する。
加硫で安定化したゴムは工業的にとても便利な部品となった。フランスではシャスポー銃というものが製造され、その薬室の密閉にゴムが使用された。スコットランドの獣医ダンロップが息子の自転車用タイヤをゴムで作った。これはその後自動車にも転用される。
自動車用タイヤメーカーとしては、グッドイヤー・タイヤ・アンド・カンパニーも有名だが、チャールズ・グッドイヤーの名前にあやかった社名で、チャールズとは関係が無いそうだ。




