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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
475/609

入隊初日

 入隊初日は制服の確認から始まった。対象は昨日入隊した新兵だ。


 正しく着用出来ているか、の点検だった。現代の自衛隊には『制服』と『戦闘服』があるが、皇軍の新兵には両者兼用の軍服があるだけだ。片田が旧日本軍しか知らない。

 えりのところに、階級章が付いている。藤次郎の階級章は、赤い長方形に黄色い星が一つだけある。二等兵にとうへいというやつだ。

 昨夜、裁縫道具を使って、自分で縫い付けた。


「今晩、やり直しておけ」と軍曹がにらみつける。

 曲がって取り付けて、やりなおしを命じられた。下着がズボンからはみ出している男もいた。洋装など、生まれて初めてだ。


 服装が、まあよかろう、ということになると、初めて兵舎から外に出ることが許された。練兵場れんぺいじょうすみに連れていかれ、一列に並ばされる。


 教官は軍曹ぐんそうと呼ばれている男と、伍長ごちょうという男の二人だった。どうも軍曹の方が、偉いらしい。


「まず、貴様らのとるべき、『姿勢しせい』について教える。目の前で伍長がやってみせるので、真似をしてみろ。では『気を付け』」

 伍長が『気を付け』の姿勢をとる。両足のかかとを付け、姿勢よく直立する。

「『休め』」

 片足を少し開き、肩の力を抜く。


「気を付け、休め、気を付け、休め……」

「次は『敬礼けいれい』だ。『敬礼』!」

 右腕を横に延ばして折り、てのひらを目じりあたりに近づける。左手を挙げてどやされる男がいた。

「敬礼、なおれ、敬礼、……」


 それなりにさまになるまで、訓練させられる。兵舎内や練兵場で、新兵が上官に会うこともある。その時に、姿勢や敬礼がなっていないと、新兵教育係が叱られることになる。


「だいたい、よかろう」軍曹が言った。


「ここまでは、簡単だ。次は少し難しくなるぞ。各自、背後の壁に立て掛けてある木銃もくじゅうを持て」

 新兵達が背後を見ると、なるほど、木で出来た銃のようなものがあった。各自それを持って、向き直る。

「これから、銃をっている時の姿勢について教える」

 執銃しつじゅう時の姿勢は幾つもある。『不動姿勢』、『ひかつつ』『つれつつ』、『になえつつ』、『つつ』、『つつ』などだ。

 そして、それぞれについて、敬意を表す敬礼がある。とても、一度で覚えられるようなものではない。なので、訓練が始まると、ほとんどボケ防止体操のような有様になる。

 午前中は、それだけで終わってしまった。


 昼食になる。軍隊の食事は、白米がでる。地方から出てきた新兵は、これに感動する。

「藤次郎殿、白米とは旨いもんだな」吉野の奥から出てきた権太ごんたが言った。

「ああ、俺も堺に出てきたとき、驚いた」隣の藤次郎が返す。

「これ、おかわりできるのかな」

「できるんじゃないか、当番兵が釜の前で待機しているから」




 午後は、格闘術だった。

「いいか、お前ら、格闘は、最後の手段だ。通常は銃や銃剣などで戦うが、手元に武器がなくなることもある。そのような万が一の時に、生き残るのが目的だ」

「格闘というと、こぶしなぐることを考えるだろうが、それは止めておけ、なんでだかわかるか」

 皆、黙っている。軍曹が満足そうにうなずく。

「拳で殴ると、当たりどころによっては、指を骨折するからだ。骨折したら、そのあと銃が撃てなくなるだろう」

 なるほど。彼らも銃というものがあるのは、知っている。練兵場を見回せば、射撃の訓練もしていた。


「なので、皇軍で格闘と言った場合、ひじてのひらひざかかとなどを使う」


「本気で格闘を始めると、怪我人けがにんが大量に出る。従って、型を学ぶにとどめる。本気で殴るんじゃないぞ。わかったか」

「ハイ」と皆が答える。


 藤次郎も、ハイと答えたが、本当にそんなもので戦えるんだろうか。子供の頃の喧嘩けんかといえば、たいがい石投げかこぶしだった。


「まず、膝を使った戦い方を教えよう。そこのお前、伍長の前に立って、右手で殴る真似をしてみろ、本当に当てるんじゃないぞ」

 指名された男が、伍長に向かって右手で殴ろうとする。そのとたんだった、伍長が殴りかかって来る腕の外側に回り、左手で相手の男の後頭部こうとうぶを押し下げる。前のめりになった男の顔に伍長の右膝があたる。打撃を与える前に寸止すんどめした。


「次のお前、こんどは伍長を蹴ってみろ」権太が指名された。

「いいのか」

「かまわんから、やってみろ」

「よーし」そういって権太が右足を蹴り上げる。伍長がすばやくその足を手で握り、左足でスキの出来た権太の股間を踵で襲う。これも寸止めしたが、ちょっと当たったらしい。

 権太が仰向きに転倒する。

「この場合には、もういちど股間を蹴り、とどめを刺す」軍曹が説明した。

 権太が立ち上がるが、目に涙を浮かべていた。

「少しあたったか、すまなかった」伍長が言った。


「次だ。お前。拳で伍長を殴れ」こんどは藤次郎が指名された。

「ハイ」そういって、伍長に向かって、右の拳を繰り出そうとする。

“掌は使えるって、言っていたよな”藤次郎が思う。

 伍長が先ほどと同じように藤次郎の右外に回ろうとする。藤次郎が右腕を繰り出すのを止め、左足を蹴って、上体を前にだす。そして、左手の掌を押し出し、伍長のあごに向かって突き出した。

 藤次郎はシロウトだったので、寸止めなどできない。まともにあたって、伍長があおむけに倒れる。一瞬だけ気を失ったようだ。

「あっ」藤次郎が言った。

「アッ」皆が言った。

「……」軍曹が息を呑んだ。

 掌の付け根の部分で突いたのだが、本当に効き目があるんだな。と思うと同時に、まずいことになった、とも思う。


 伍長が頭を振りながら立ち上がる。

「気にしなくともいい。さあ、手を出せ」伍長が言った。

 藤次郎がおそるおそる開いた手を前に出す。

「格闘術の訓練では、このようなこともある。今のは無かったことにしよう」伍長が藤次郎の手を握る。


 と、そのとたんだった。藤次郎の天地がひっくりかえる。伍長が藤次郎を『背負い投げ』したのだ。伍長はそのようなことにも手練てだれのようだった。背中から地面に落とされたが、ちっとも痛くなかった。

「敵を前にしたときに、油断するな。わかったか」伍長がいった。


「はい、わかりました」

「よろしい、それがお前を生かす」


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― 新着の感想 ―
「バンザイ!!」 「アリガトウ!」 …は無理か じょんはハインラインもフルメタルジャケットも知らないからw
少々出来る奴対策も当然あると…… なるほど~
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