侘び (わび)
「では、わしは弟子に地方を回らせて、『目利き』をさせよう」もう一人の男、相阿弥が言った。
代々将軍家に同朋衆として仕えている男だ。絵師であり、鑑定家でもあった。暇な時には宗祇に付き合って連歌もする。
「宗祇だけでは、大変じゃろう。人を出して、そちたちの商品を売り歩いたり、『目利き』をしたりさせる」
「それは、助かる」宗祇が言った。
宗祇は七十五、相阿弥は四十歳くらいだった。七十五と聞くと驚くかもしれないが、宗祇はまだ矍鑠としている。このあとも長門へ、播磨へ、越後へと旅をする。
「珠光殿は、いかがかな」宗祇が尋ねる。村田珠光という茶人だ。やはり、七十二歳と高齢だった。こちらは宗祇ほどの元気はない。京都から興福寺に来るまでの列車で、散々『乗り物酔い』をして、弱っている。
京都と奈良、奈良と筒井の間に、新線が開通している。堺から列車を乗り継いで、京都までいけるようになっている、ということだ。
「げほっ、わしゃあ、これを考えた」そう言って持参の桐箱から袱紗に包まれた茶碗を二つ取り出す。
「これは、なんだ」宗祇が尋ねる。相阿弥がゲタゲタと笑いだす。
「これは、朝鮮の雑器ではないか、これを流行らせるのか」
「そうだ。よく見てみろ」
「よく見ろ、といわれてもなぁ」相阿弥が言う。
「相阿弥よ、貴様は『目利き』だったよな」
「まあ、そう言われている」
「どうしたら『目利き』になれる」
「どうやったらと言っても、ここに居るのはみな『目利き』になれるような粋人ばかりではないか。わかっておるだろう」
「いいから、言ってみろ」
「そうだな、『目利き』になるには、まず一級品、超一級品をたくさん見ることだ」
「あたりまえだが、その通りだ。で」
「次が大事だ。一級品に慣れた後、二級品、三級品を、これもたくさん見る」
「うむ」
「そうすると、二級品の欠点が見える。二級品が、なぜ二級品なのか見えてくる。これが『目利き』になる秘訣だ」
「そのとおりだ」
「間違っておらぬと、思うが」
「その部分は間違っていない。じゃがな。わしが、『よく見ろ』と言っているのは、一級品を一度忘れて、もう一度、その茶碗を見てみろということだ」
「なんだと!」相阿弥が叫ぶ。優れた鑑定家だったので、それだけで珠光の言いたいことがわかったのだろう。
「よし、分かった。よく見てやろう」そういって、珠光の持参した二つの碗を眺める。一方を手に取って、睨む。上から見る。ひっくり返して、底を見る。
「これを、なんと呼んでいるのだ」相阿弥が言った。
「仮に『井戸』と呼んでいる。高台が井戸みたいだからな」
「ふぅむ。これを美と見るか」
「まぁ、見どころは枇杷色の釉、高台の縮れだな」
相阿弥が、学んできた一級品とは、キレイな物、整った物だった。同朋衆として東山御物(足利義政が集めた美術品)に自由に触れる機会があった。
これは、そのようなものとは、全く異なる物だった。
「こいつは」相阿弥がもう一つの平たい茶碗を持っていった。
「それは、『刷毛目』だ」
「まんま、だな。刷毛の跡があるからか」
「うむ」
「これは、なんか、子供の頃を思い出すな」相阿弥が言う。
「お、良いところに来たな」珠光が答える。
「う~む。しかし、これを皆が解ると、思うか」
「さあな。だが、日本人だったら、解るかもしれん」
「そうかのぉ。まあ、いいか、やってみるがいいや」相阿弥が言った。
相阿弥が『朝鮮の雑器』と言った。朝鮮半島で日常的に使用されている食器という意味だ。造りも釉薬も、大雑把に出来ている。
『いびつ』だし、釉薬は刷毛で適当に塗っているように見える。
そのとおりなのだが、それがいい、そう珠光は思った。
『何かが欠けている』という美、『侘しい』という美しさだった。
彼らは、新しい『価値』を創り出そうとしている。国を豊かにさせたあとに、大名達が戦の準備をするのでは意味がない。
隣国の寸土よりも『欲しい』ものを創り出そうとしているのだった。




