『てれたいぷ』
一四九五年正月の堺。片田商店。
「母ちゃん、餅焼いたんだけど、食うか。って、あれ、どこいった」風丸が石英丸の研究室に入って来る。
研究室のまんなかには、大きな机の様な物があり、その上にタイプライターらしき鍵盤が置かれている。机の背後は無数の電線が絡み合っていた。
石英丸と『ふう』が、この数年間試作してきた『てれたいぷ』という機械だった。これは通信を行う機械なので、となりの実験室にも、もう一台同じものがある。
両者は、電線ではなく、無線で繋がっている。
風丸が室内を探すと、机の向こう側でモサモサという音がする。
「どうした、母ちゃん」
「んーっ、風丸。代わりにやってくれ、直列化円盤の具合が悪い」
「どれどれ」風丸がそういって、機械から後じさりで出てきた『ふう』に両手の焼き餅を渡す。
「ありがと。年取ると駄目ね、暗い所で小さなものが見えない」
『ふう』が五十五、風丸が三十五歳になっている。
風丸が机に頭をつっこむ。
「ああ、円盤のところに、なにかゴミが詰まっている。これを取れば動くだろう。『ぴんせっと』をとってくれるか」
『ふう』が片方の餅を口に咥え、空いた手で風丸にピンセットを渡す。
「これで大丈夫だろう」風丸が出てくる。
『ふう』がタイプライターの前に座る。キー配列はQWERTYになっている。片田が未来から持ち込んだPDPのマニュアルをそのまま使っているからだ。
コントロールキーを押しながら、Gキーを押す。隣の部屋の機械に備わったベルが、チンッ、チンッと鳴った。
「うまく動いたみたい。ありがとう、風丸」
「この機械、便利なんだけど、複雑すぎるんだよな」風丸が言った。
「試作機だから、しかたないのよ。うまく動いたら、半導体を使ってもっと簡単な仕組みに出来る」
彼らが作っている『てれたいぷ』とは、タイプライターと無線機を組み合わせたものだ。
普通のタイプライターは、Aのキーを押すと、鍵盤の上に留められた紙を、活字が付けられたハンマーが叩いて、紙にAの文字を刻印する。
『テレタイプ』でも同様にハンマーが動いて、目の前の紙にAを刻印するが、それだけではない。
机の中に仕掛けられた七つの『棒』が、押された文字によって決められたパターンで前後に動く。『棒』は直列化円盤の円周に沿って並んでいる。
例えば、Aだと、一番左と、一番右の『棒』が動く。
A 1,0,0,0,0,0,1
B 0,1,0,0,0,0,1
C 1,1,0,0,0,0,1
と言う具合だ。『棒』の先は電気的接点になっている。動いた『棒』は直列化円盤に接触し、電気が流れる。
キーが押されると円盤が一回転する。円盤の一か所にも電気接点がある。スイッチが繋がると、電気が流れる。
これで七本の『棒』の位置を、直列のオン、オフ信号に変換することが出来る。前後にスタートビット、ストップビットという二つの信号を加えて、無線機で電波信号にする。
他にも、一文字送った後のリセット機能とかがあるのだが、詳細は省略する。
隣の部屋の同じ機械が、その無線を受信して、向こう側は反対に直列の信号を七本のバーの動きに変換し、Aの文字を紙に刻印する。
両者の直列化円盤の回転速度が同じでなければ、うまく動作しない。
『ふう』がこちらの部屋でAのキーを押すと、隣室の機械の紙にも、ほぼ同時にAが刻印される。
無線信号は、隣接した二つの周波数を使う。通常は低い周波数の方が、電波が強い。この状態をアイドルという。スタートビットは、高い周波数の電波を強くする。これから、データが来るぞ、という合図だ。そして、『棒』の位置に従って、決められたパターンで信号が来る。
話を単純にするために、一秒に一信号だとする。これを1ビット秒という。この場合、円盤の回転は十秒に1回転くらいの極めて遅い速度になるだろう。
アイドル状態は0、低い周波数の方が強い信号を発している。
1が来て、一秒続く。これが、スタートビット。
1がさらに来て、1秒続く。
0が五秒続く。
1が一秒来る。
そして、エンドビット、0が来て、そのあとは、ずっと0のアイドル状態。
これで、 A 1,0,0,0,0,0,1 が発信される。受信側の円盤も、同じ速度で回転していれば、ちゃんと、Aが受信できる。受信側では、スタートビットが来ると、円盤が回転を始め、リレーを使って、時系列信号を七本の『棒』の動きに変換する。Aのハンマーが解放され、バネの力で紙を叩く。
数か月後、『てれたいぷ』が完成したので、片田商店関係者に披露することになった。完成品には、紙テープリーダーまで取り付けられていた。
片田村から茸丸、『いと』が来ている。淡路島からは、鍛冶丸、『かぞえ』、『ならべ』が来ていた。
『ふう』が研究室で『ENQキー』を押す。隣の実験室でハンマーが紙を叩く音が三回する。向こうの実験室で石英丸が『Here isキー』を押した。
『ふう』が操作する機械に、Here is: SEKIEIMARU と印字される。皆がほうっ、という声をあげた。
『ふう』がキーを幾つか押す。
BANGOHAN NANI TABERU
少しして、隣の部屋で石英丸がタイプする音がした。そして、『ふう』の端末に文字が印字される。
SABA NO SIOYAKI KANA :SEKIEIMARU
「向こうにも同じように印字されているはずだから、見て来て」『ふう』が言った。皆が実験室に行く。
そこには、このように印刷されていた。
BANGOHAN NANI TABERU :FUU
SABA NO SIOYAKI KANA
隣室から声が聞こえる。
「たしかに、まったく同じ文字が印刷されたな」
「これ、無線でやりとりしているのよね」
「無線通話とちがって、記録が残るというのは便利だな。取引とかに使えるだろう」
「どれくらい遠くまで届くんだ。淡路島まで行けるのか」
「十分強い電波を使えば、地球の反対側まで通信できる」石英丸が言った。