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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ヤコブの小麦

 ピサの町の歴史は古いそうだ。古代ローマ時代に書かれた書物に、すでに『古都こと』と書かれているという。なので、その起源はよくわからない。

 古代から商港、軍港として栄えたが、十五世紀頃にガレー船がピサの港に接岸できなくなり、海港かいこうとしての使命を終える。

 ピサの港が使えなくなったため、十六世紀半ばにメディチ家が現在のリボルノに新港を建設する。以降ピサは教会と大学を中心とした学園都市になる。ピサ植物園は、ヨーロッパ最古の大学付属植物園である。ガリレオ・ガリレイはピサ大学で学んだ

 

 ピサの町は、アルノ川の両岸に栄え、周囲を中世式の城壁で囲まれていた。この城壁は現在でも良く残っている。

 今では、町はアルノ川の河口から十キロメートル程離れた所にあるが、片田達の時代は、もっと近く、五キロ以内だったと思われる。


 村上雅房まさふさの巡洋艦『加古かこ』がピサの沖に投錨とうびょうし、連絡艇れんらくていを降ろした。

『加古』の連絡艇には最新式の船外機せんがいきが装備されている。二サイクルディーゼルの船外機で、簡単にスクリューを水面下に入れたり、水上に出したりすることができる。現在の船外機に近い。


 連絡艇が、誰も聞いたことがないエンジン音を響かせて、のどかなトスカナの浜を川上に向かって進む。浜であみを打っていた漁師が、振り向いて船の様子をながめた。


 連絡艇には村上雅房、貿易商人のマルコ、それからエフゲニーの息子、ベンヤミンとサイラスが乗っていた。

 ベンヤミンが船首で棒を水面に刺して深さを大声で繰り返し報告する。

「まだ、大丈夫だ、一メートル」ずいぶん日本語がうまくなっている。


 初めての水域なので、深さを測りながら慎重にすすんだが、結局ピサの街中でも水深は五十センチメートル以上あった。


「これならば、連絡艇であれば、十分だな」村上雅房が言った。

「と、いうことは、船外機か、これがあれば船でピサと海とを行き来できるということだな」マルコが言う。彼はユダヤの言葉を使うことが出来た。

「そういうことだ。平底のはしけを作れば、なおいいだろう」と雅房。


 彼らの言っていることは重要だった。船外機付きの艀を作れば、不十分ではあるが、ピサを再び港として使えるということを意味している。


 四人が上陸して、堤防に設けられた階段を上る。

「この店だ」マルコが指さす。


「ヤコブ、いるかい。日本人とエフゲニーの息子達を連れて来たよ」

「おお、よくきたな、シャローム」そう言ってヤコブが右手を出して握手を求めた。雅房も手を出して握手する。

「この子供たちがエフゲニーの息子か」

「ベンヤミンだ」

「サイラスです」

「おお、おお、元気だな。よく来た、よく来た」そういってヤコブが目を細める。

「ヤコブおじさんが、ジェルバに小麦を売ってくれているんでしょ」サイラスが尋ねる。

「そうじゃ。ジェルバ島の小麦、大麦は全てわしが売っている」

「じゃあ、僕たちがコスキ(クスクスのこと)を食べられていたのは、ヤコブおじさんのおかげだね」

「まあ、そうじゃ」

「もう少し、安くしてくれるとうれしいんだけどな。かあさんが、麦が高い、といつも言うんだ」サイラスが失礼なことを言う。

「それは申し訳なかったな、しかしじゃ、ピサのいちに行ってみるが良い。わしがジェルバで売っている麦の値段と、それほどかわらんはずじゃぞ」

「じゃあ、あとで行ってみるよ」

「向こうに持っていくにはマルコに船賃を払わねばならない。なのにそれほど変わらぬ値段になっているはずだ」

「と、いうことは、どういうことだ」

「ほとんどもうけが無い、ということさ。相場が高いときには、損をしていることもある」マルコが言った。

「損をして、麦を売っていることもあったのか」ベンヤミンが驚く。

「なぜ、そんなことをするんだ」サイラスが言う。


「ジェルバ島の同胞を飢えさせるわけにはいかないからな。それに、島の同胞は貝紫かいむらさきを採って売ってくれる。これは、とてももうかるんだ」

「それ、僕たちもやったことあるよ。イトを小枝で採るのは子供の仕事なんだ」サイラスが得意そうに言う。


 貝紫は、ある種の巻貝から採れる。巻貝を採って来て外側の殻を割って身を出すのは、主に女の仕事だった。そして、身を切開して鰓下腺さいかせんと言うものをむき出しにする。鰓下腺は細いのでサイラスがイトと呼んだ。中には神経毒が入っている。巻貝が小動物を捕食するときに、この毒を使う。

 イトは小さいので、それを取り出して、集めるのは子供の仕事だった。

毒ではあるが、日光をあてると紫色の染料に変化する。


「ほっ、そうだったのか。それはどうもありがとう。おかげで儲けさせてもらった」




「ところで、マサフサ殿、商売をしたいということだが」

「ああ、俺たちは望む商品を持って来ることが出来るし、他の商人と同じ価格で取引できる、どうだ」

「いいだろう。扱う商品が増えることは、望むところだ。我々はキリスト教徒のように、相手を選んだりはしない」

「どんなものを持ち込めばいいのか」

「まあ、大体のものは売れるが、今は戦争が始まっている。一番売れるのは火薬じゃな。持って来ることはできるか」

「火薬とは物騒だな。他に欲しい物はないか。俺たちは扱っていない」

「では、銅、すず、鉄などはどうだ」銅と錫は大砲を作る時必要だ。フランス軍が大量に欲しがっている。

「それは持って来ることが出来る」

「あとは、薬だな、ラベンダーは蚊けになる。ミズゴケや蜘蛛の巣は傷が化膿かのうするのを防ぐ。蜂蜜も傷に塗るとよい。ヘムロック(毒ニンジン)やケシは手術の時の麻酔薬になる。他にも香辛料や香料は、たいがい薬になる」


「出来るだけ、集めてみよう。ところで、蚊で思い出したんだが、アドリア海地方に『つて』はあるか」

「ユダヤ人はベネツィアにもたくさんいる、なにか買いたいものがあるのか」

「ある花の種が欲しい。白い花を咲かせる。艦に花の絵の写しがあるので、あとで渡す」

「いいだろう、何に使うのだ」

「蚊を退治することができる。その花の名前は、我々の言葉で『除虫菊じょちゅうぎく』という」


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