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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
454/646

井戸 (いど)

 二隻の異国船は、ラ・イザベラから人影が見える程の距離に停泊し続けた。彼らが来て二日が経っていた。

 植民者の代表だ、と称する三名のスペイン人がコロンブスのところに来る。今後について相談があるそうだ。


「我々は、この植民地を放棄して帰国しようと思うんじゃ」

「なぜ、そんなことを考える。せっかく神がスペインに与えたもうた土地であるのに」コロンブスが言う。

「ここには、きんが無い。あっても少ししかない。あるのは病気ばかりだ」


 金が少ないのは事実だった。彼らは黄金製の建物があるジパングに行くのだと思って、この植民地に来ていた。


 しかも、病人は多かった。彼らは天然痘てんねんとうをこの地にもたらしたが、彼ら自身も、熱帯性の様々な病に感染した。

 上陸した当初、彼等は近所の小川から水を汲んできて飲用にしていたが、これが良くなかった。

 井戸を掘ろう、ということになり、背後の岩山近くに井戸を掘った。岩山に降った雨が土壌で濾過ろかされて、きれいな水が得られるようになった。これにより、病が減った。


「食べ物も、本国からくるものが少なすぎる。ワインもパンも不足している」

「それは、あなたたちが、麦の畑を作ろうとしないからではないか」コロンブスが反論する。

「いつまでここにいるのかもわからないのに、なぜ畑を作る」植民者達が言った。


 マルコ親子のように、ここに新天地を求めて家族で移住してきた者もいる。しかし、単身で来た者の多くは、この土地に長居ながいするつもりがなかった。手っ取り早く金なりコショウなりを手に入れて、本国に帰るのが望みだった。なので、強制されなければ畑を作ろうとしない。

 すでに、帰国してしまった者も少なくなかった。コロンブスに軍事指揮官カピタンに任命されたペドロ・マルガリートという男ですら、取り巻きをまとめて、すでに本国からの補給船に乗って帰国してしまっている。

 彼は、コロンブスの命令でイスパニョーラ島の内陸を探検しており、金が無いと見切りをつけていた。


「なので、副王様がいくら止めても、わしらは帰国する。いま帰国を決めているのは百名程じゃ、なので港の船二隻をいただきたい」


 この時、港には、コロンブスがキューバ探検に使った三隻と、本国から食料などを運んできた四隻、合わせて七隻が停泊していた。

 それに対して、ここにいる植民者は六百五十名だった。わずか十カ月で、当初の三分の一に減っていた。


「一隻ならば、渡せる」コロンブスはそう言うのがやっとだった。




 三日目の朝、大きい方の船がラ・イザベラに接近してきた。船首の錨を降ろし、艦尾側に連絡艇を降ろしている。連絡艇と艦がピンッと張った綱でつなががっている。なるべく精密な射撃をしようとしているのだろう。


左舷に十六門ある砲門の、上段、一番艦尾寄りの砲が一門だけ、煙を吐いた。

 ラ・イザベラ背後の岩山の一部が崩れる。今回は徹甲弾てっこうだんを使用しているらしい。爆発はなかった。

 植民者達が不安そうに岩山を見上げる。


 さらに、一発、同じ砲が煙を吐く。こんどは岩山のふもとにあたった。三度みたび、発射する。ラ・イザベラの植民地内に弾着した。井戸のそばだった。

 井戸枠いどわくの一部が割れ、雨除けの小さな屋根が傾く。


 ねらいは井戸か、コロンブスが思った。その時、左舷上段、八門の砲が一斉に火をく。一瞬で井戸が吹き飛び、土煙が収まったあとは、更地さらちになっていた。


「井戸がやられた、これではもう、ここに住むことは出来ん」コロンブスの隣で男がつぶやく。コロンブスも、こうなってはやむを得なかった。


 異国人の艦は、目的を達した、とばかりに沈黙して、その場にとどまる。まるで、“さあ、どうする”といわんばかりだ。


「あの艦に私自身が行き、話をする。ここは放棄する。ボートの用意をしろ」


 コロンブスを乗せたボートが連絡艇に近づくと、綱を伝って、先日の少年が連絡艇に降りてきた。


「今回は井戸だったが、次は二つ並んだ左の倉庫を狙う。その次は右の集会所だ」少年が言った。

 左は食料倉庫、右側は集会所ではなく教会だった。しかし、我々の植民地をよく観察し、普段人がいない建物を狙っているようだった。殺人や武力制圧が目的ではないようだ。


「わかった。我々は全員この島から出てゆく、それでいいだろう」コロンブスが言った。

「島から出ていくだけではだめだ、一帯の島々、いずれにも植民地を築いてはならない」

「いいだろう。ところで、出港にあたって、我々の船の安全を保障するか」

「出ていくのであれば、危害きがいを加えることはしない。安心してほしい。ただし」

「ただし、なんだ」

「ただし、北緯三十五度の線までは、我々の内、一隻が追跡する。そこまで北上したら、ここの島々に戻ってくることは出来ないだろう」

「攻撃しないのであれば、追従ついじゅうすることはかまわん」


 追跡するのは、『古鷹ふるたか』の予定だった。そして、そのままイングランドに戻ることになる。


「彼ら、本当に帰国すると思う」シンガが安宅丸あたかまるたずねた。

「今回は、帰国するだろう。だが、それでは済まないだろう」

「どういうこと」

「次は大砲を載せた軍艦でやってくる、ということだ。何時いつになるかわからないが」安宅丸が言った。


 ラ・イザベラは十カ月で放棄された。史実でも六年で放棄されている。歴史上では、スペインのイスパニョーラ島での拠点はサント・ドミンゴに移ることになっている。


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