ラテン語
コロンブスが浜に出てくる。
「Estne rex?(王はいるか?)」
「Estne praefectus ?(提督はいるか?)」
小舟の上の少年を見ると、西洋人ではない。イスパニョーラ島の住民に似た姿だった。なのに、ラテン語を話すのか。
コロンブスは、もちろんラテン語を使えた。コロンブスが所有していた『東方見聞録』の写本が現存する。その余白に書かれている彼のメモはラテン語だ。
そして彼は、この新大陸の副王(rex)だった。スペインのカトリック両王から認められている。しかも、彼の艦隊の提督(praefectus)でもある。出て行かない訳にはいかない。
「発砲を行ってはならない。私が直接行って話してこよう。ラテン語が話せる、ということは文明人であろう」コロンブスが弟のディエゴに言った。
ディエゴがコロンブスの命令を大声で、繰り返した。
コロンブスがボートに乗り、叫んでいる少年の所に漕ぎ寄せた。
「私はコロンブス。この地の副王であり、艦隊の提督だ」
「初めまして、僕はシンガ」
「お前はインディオなのか、それなのに、なぜラテン語を話すのか」
「本で学んだから、話せるようになった」
「本か、そうか。まあ、いいだろう。ところで、なぜ我々の植民地に来て威嚇した。けしからんではないか」
「君たちに、新大陸から出て行って欲しいからだ」
「新大陸だと、やはり大陸なのだな」
「あぁ、ここから西に行ったところに大陸がある」
「インドなのか、シナなのか」
「どちらでもない。我々はその大陸をアメリカと呼んでいる。インドやシナはアメリカのはるか西にある。君たちの船では、到底たどり着くことはできないだろう」
「そうなのか」コロンブスが深く失望する。しかし、我々が諦めるように、この少年が嘘をついている可能性もある。そう、思った。
「何故、われわれに出て行って欲しいのか」
「君たちが伝染病を撒き散らしているからだ」
「伝染病?」
「天然痘のことだ。いずれ麻疹やインフルエンザも、持って来るだろう。新大陸の住人には、それらに対する抵抗力がない」
インフルエンザは、まだ発見されていない。片田の知識から拝借している。
「私たちが悪い、というのか」
「悪いとは言わない。たぶん知らなかったのだろう。でも、いま教えた。だから帰って欲しい」
「帰ることはできない。この土地は神が我々に与えた賜うた土地だからだ」
「そう考えるのは、勝手だから止めないけど、でも現に人が病で死んでいるんだ。我々が現地の人に抵抗力を付けさせるには時間がかかる」
「病が流行っているのは知っている。しかし、それは神が我々にこの土地を与えるための、神の御業なのであろう」
「ここの人達にだって、神様はいるよ。彼らの神様が、そんなことを望むと思うかい」
「ここは野蛮な土地だ。彼らの神というのは、我々の神が、彼等に理解できるように化身したものに過ぎない。我らの神こそが、純粋にして、真実の神なのだ。その神が命じるのであれば、彼等は従わなければならない」
こりゃあ、宗教論争を続けても無駄なようだ。とんでもない石頭だな、こいつら。シンガがそう思った。
説得するのはあきらめて、安宅丸艦長に言われたことを、コロンブスに伝えることにした。
「三日の猶予を与える。帰国の準備のための猶予だ。明日から数えて三日目には、僕たちが戻って来て、この村を人が住めないようにするだろう」
「やれるものなら、やってみるがよい」
「それが答えか。では、お話は終わりだ。僕は艦に戻るよ」
岸に戻ったコロンブスが少年との会話を伝える。
「何故、あのインディオの少年は、ラテン語で呼びかけたのか。会話もラテン語だったのか」布教派遣団の長であるベルナルド・ブイル神父が尋ねる。
「会話もラテン語でした。本で学んだそうです」コロンブスが答える。
「信じられんことだ、こんな僻地でラテン語を聞くことになるとは」神父が言った。無理もない。この植民団のなかでもラテン語を自由に使えるのは、コロンブスとその兄弟、神父、医師、ほんの一部の貴族ぐらいだった。
「で、彼はなんだと言ってきたのじゃ」
「ここから立ち退いて帰国せよと言っていました。我々が病を流行らせているのが理由だそうです」
「なんという屁理屈を言うのか、ラテン語が使えても、やはり野蛮人じゃの」と、神父。
「まあ、そうですね。で、三日の猶予を与えるので帰国の準備をしろ、といっていました」
「帰国するのか。我々は布教をするために来ておるのだぞ」
「むろん、帰国などしません。しかし、帰国しなければ、この村を人が住めないようにする、と言っていました」
「人が住めないように、とはどういうことじゃ」
「わかりません。帰国はしませんが、万一のための準備はしておきましょう」
「どうするのじゃ」
「船に水と食料を積み、いつでもここを離れられる準備だけはしておこう、ということです」
「あいつらが、恐ろしいとでも」
「もちろんです。神父様もあの大砲の一斉砲撃をごらんになったでしょう。あれは夢ではありません」
コロンブスが停泊する船団に、新しい水と村内にある食料の一部を積み込ませ、三日後に備えた。
本文中にラテン語が出てきますが、私がラテン語を使えるわけではありません。
Google翻訳で作文して、ChatGPTで文法的な裏を取っているだけです。