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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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念仏 (ねんぶつ)

 前回の投稿で、米十達の乗艦を『加古』と誤記しておりました。正しくは『夕張』です。謹んで訂正させていただきます。

 パナマとの通信を終えた料理長が無線室から出てくると、正面の上甲板に米十こめじゅう達がいた。料理長の顔が青ざめている。


「どうしたんだ、料理長」金太郎が声をかけた。米十と熊五郎も料理長の方を見る。

「ああ、とんでもない役割やくわりおおかっちまった」料理長がそう言って、無線での指示を要約して三人に話した。


「それは大変だな」

「一人で行くのか、俺達も一緒に行こうか」

「上陸するの、俺達の仕事だからな。いいぞ、一緒に行っても」


「ああ、そう言ってくれると助かる。一緒に上陸してくれ」料理長の顔に少し赤みが戻る。


 料理長が船底の炉の前に戻り、司厨しちゅう見習みならい猪丸いのまるを見る。アバタのない、すべすべとした肌だった。


「俺は島に着いたら、上陸しなけりゃあならん。そして、戻ってきたら、もしかしたら二、三週間料理が出来ない。この艦には、お前のような子供も乗っているからな」

「なんで料理ができないんだ」

「詳しい事は、いい。なので、その間お前が艦のみなまかなわなければならない。お前でも出来る料理で献立こんだてを考えておくから、それに従って作ってやれ。いいな」

「わかったよ、やってみる」

「よし。艦長に言って、大人の手伝いを一人よこすようにしてもらうから、頑張るんだぞ」




 もし、キスケヤ島(イスパニョーラ島)の北岸にスペイン人達がいるとしたら、風上側から接近する方が有利だろう。そう考えて、島の東岸側に向かった。

 東岸の村々に接近すると、いずれも船に乗った人々が『夕張ゆうばり』に向かって来る。たいがいは食物などの交換が目的だったが、矢を放ってくる村もあった。


 島の東端を回り、北側に出る。まだ、どの村も元気だった。深い湾の奥に入ってみたが、そこの住民にも、にぎやかに出迎えられた。


 湾を出て少し行ったたところで、様子が変わった。現在サマナ・エル・カーティ国際空港があるあたりだった。

 岸に住居が見え、浜にカヌーがあるのに、『夕張』が接近しても、住民が出てこない。


「ここは、怪しそうだな。行ってみるか」艦長が料理長に言う。料理長兼船医が生唾なまつばを飲み込んで、同意した。


 連絡艇れんらくていが降ろされ、料理長、米十、金太郎、熊五郎の四人が浜に向かった。必要最低限の人数で行くことになっていたので、金太郎と熊五郎がかいあやつった。




 まず、目に入るのは、南国らしい背の高いヤシの木だった。砂浜に幾つもそそり立っている。背後の低い森から、頭一つ、飛びぬけていた。それらの奥、森との間に村の住居群があった。

 砂浜に艇を寄せ、上陸する。


 波打なみうぎわまで、魚が群れ、銀鱗ぎんりんきらめく。

 頭上を、紅色のフラミンゴの群れが横切る。近くに干潟ひがたがあるのかもしれない。

 無数の小鳥が美しい声でいていた。鳥は、大丈夫なのかな、米十が思った。念のため、ケツァーリーは『夕張』に置いてきた。

 人の背丈せたけ程の木に、てのひらくらいの大きさの赤い花が、いくつも咲いている。地面には夢見るような水色の花が群生していた。

 やわららかな風に乗って、かんばしい花のかおりただよう。極楽ごくらくとは、このようなところだろうか、とも思われる景色だった。


 料理長が先頭になり、村に近づくと、うるわしい景色に死臭ししゅうが割り込んでくる。


「どうも、思った通りのようだな」料理長が言ったが、誰も答えない。


 村に入ると、いたるところに遺体があった。最初の遺体に近づき、肌の様子を見る。天然痘だった。米十、他の二人も天然痘を知っていた。アバタづらが、南米行の条件だったので、自ら体験している。

 すでに腐敗ふはいが進んでいたが、見間違えようはない。


「天然痘だな」料理長が言う。

「そうだね」

「では、ひとまず、我々は安全だろう。未知の病気ではない」


 四人で手分けして、すべての小屋を探る。ここの住居は高床式ではなかった。砂地の上に八角形に板を立て、その上に円錐形の屋根が付いていた。屋根はヤシの葉でいている。

 生存者はいなかった。


「では、始めようか」料理長が言った。族長の家だろうか、一番大きな住居に入る。大人、子供あわせて八人が住んでいたらしい。

 料理長が正座し、手を合わせて念仏ねんぶつとなえる。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、……」


 ひとしきり唱え終わると、たもとからはしを取り出す。


つらかっただろう、苦しかったであろう。それなのに、死んでもなお、このようなはずかしめをうけるとは、さぞや無念かもしれぬ」

「じゃが、なんじらの同胞どうほうを救うためだ、こらえてくれ」


 そう言って、手に持った箸で、遺骸いがい疱瘡ほうそうから瘡蓋かさぶたがし始める。


 他の三人も、料理長と同じ作業を始めた。米十は、時々胃の中の物をもどしそうになったが、涙をにじませてこらえた。




 日が傾きかけた頃、四人はそれぞれ小脇に抱えられるほどの壺一杯に瘡蓋を集めて、連絡艇に戻った。

 壺は海岸で密封され、表面を海水でよく洗った後に艦長室の鍵のかかる棚に納められることになっていた。米十と料理長など四人も、海岸で体をよく洗い清める。乗艦後は、空いている船首倉庫にしばらく監禁かんきんされる。





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