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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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調味料 (ちょうみりょう)

 強い甘みに誤魔化されて、思い出せなかった味の記憶がよみがえる。


 片田が子供の頃、母親が食卓に出してくれた白菜の漬物つけものの味だった。食卓に『醤油注しょうゆつぎ』と、赤いラベルが貼られた小さなびんがあったのを思い出す。

 小さな瓶から、白い結晶のようなものを漬物に振りかけ、さらに醤油を注いでいた。


白い結晶は、『うま味調味料』だった。あの調味料の味だ。


何故なぜ、砂糖から調味料が出来たのだろう。片田が現代にいた時に読んだ新聞のコラムを思いだす。

そのコラムは、東南アジアでこの調味料が貨幣代わりに使用されているという記事だった。一九〇八年、池田いけだ菊苗きくなえ博士が、コンブの出汁だしから『うま』の元であるグルタミン酸ナトリウムを抽出し、さらにこれを人工的に製造する方法を発見する。

この時の製造法は小麦から抽出したグルテンを加水分解かすいぶんかいする、という方法で、製造費が高かったらしい。

しかし、その後一九五〇年代に、糖蜜を栄養源とする、ある細菌がいることが知られ、この細菌にストレスを与えるとグルタミン酸を生産することが分かった。

この方法により、安価な生産が可能になり、世界中に普及して、一部では貨幣の代替として流通するまでになった。という記事だった。


 片田達が、その細菌を見つけた、ということだ。


 細菌の名をコリネ菌という。そして細菌に与えるストレスとしては、いくつかあるが、『脂肪酸エステル系海面活性剤の添加』も、その一つだった。他にも細菌の必須栄養源の一部を絶つ、わずかの抗生物質を与えるという方法もあるが、彼等の見つけた方法が一番安価だった。

 実際、かつてインドネシアで同様の方法で調味料を製造していたが、この時はブタの膵臓すいぞう液を使用していたので、大問題になった。ブタはイスラム教では禁忌きんきだったからだ。食品にそんなものを使ってはいけない。


 すなわち、遠心分離機の洗浄後、十分に真水で洗わなかったときに、洗剤が分離機に残り、廃糖蜜に混入したコリネ菌が、ストレスを感じてグルタミン酸を生成した、ということだ。


 少し、酸味がある、ということは、まだグルタミン酸の段階だということだ。これに苛性曹達かせいソーダ(水酸化ナトリウム)を作用させてやれば、ナトリウムえん、すなわち、グルタミン酸ナトリウムになる。『うま味調味料』そのものだ。


茸丸たけまる、いいものが見つかったぞ。これはボナンザだ、ジャックポットだ」

「『じゃっくぽっと』って、あの『シイタケの田んぼ』くらいの大当たりか」

「それよりも、何倍もすごい大当たりだ。これは世界中に売れるだろう」

「そんなにすごいのか」

「そうだ、この廃糖蜜には、ある細菌が生きている。これを培養ばいようしょう」

「育てるのか」

「そうだ。糖分を栄養としている細菌なので、糖分がなくなると、細菌が死んでしまう。なので、洗剤が手にはいるまでは、甘みが無くならないように砂糖液を継ぎ足さなければならないはずだ」


「『えのき』、まだいるか」片田が言った。

「いるわよ」

「そっちで遠心分離機を洗う洗剤を購入して、次の便で送ってくれないか」

「いいけど、何に使うの」

「調味料を作る」

「ちみもうりょう(魑魅魍魎)、気色悪い」

「ちがう、『ちょうみりょう』だ」

「ちょうみりょう、なにそれ、食べられるの」

「食べ物を美味おいしくするものだ。カツオやコンブの出汁だしのようなものだ」

「廃糖蜜からそんなのできるのかしら、甘い事は甘いけど」

「まあ、出来上がったら試してみてくれ」

「わかったわ、洗剤ね。送ることにするけど、そういえば」

「なんだ」

「もし、すぐにその洗剤が必要なんだったら、前回の便で、一斗樽を一つだけ試しに買って送ったはずだから、それを使って」

「堺にあるのか」

「分離機の洗浄に使っている、っていうから安全性試験のために送ったんだけど」

「わかった、倉庫を探してみる」

「ちょっとまって、えーと、前回送った便の『い』の一番の箱に入っているはずよ」

「『いの一番』だな、それは助かる」




 洗剤が手元にある、というのであれば、手順はまったく違ってくる。


 片田と茸丸が、数十の瓶に飽和砂糖液を作り、少しずつ分量を変えた洗剤をいれ、一滴ひとしずくずつ廃糖蜜をらす。元の廃糖蜜は減った分だけ砂糖液を継ぎ足しておき、大事な菌を死滅させないようにした。

 洗剤成分は薄まるが、元の菌が生きていれば、ストレスはいつでも与えられる。




 しばらくして、砂糖液を入れた瓶の幾つかの甘味がまったく無くなる。添加する洗剤の適量が判明した。


「うぇ、これ本当に『うま味』なのか、とんでもない味なんだが」甘みの失せた液を茸丸が試食した。

「だいじょうぶだ。大量に食べれば、『うま味』だって、ひどい味に感じる」


 酸性度を計りながら、苛性曹達を加える。中性になったところで、加えるのを止めて、水分が乾燥するにまかせた。

 液体のままでも、味は確認できるが、求めている物が出来たのか、念のため、結晶の形で判断することにした。

 白い針のような結晶が析出する。片田がそれを、ほんの少しすくい、キュウリの漬物の上に落とす。さらに醤油を垂らして、漬物を食べる。


 懐かしい味だった。


「茸丸、食べてみるか」

「おう」そういって、茸丸がキュウリをかじった。


「ほんとうだ。うま味がある。醤油をかけないと、どんな味なんだ」そういって、自分で結晶を掬い、キュウリにつけて食べる。

「こっちのほうが、本来の味がわかるな。でも醤油と合わせたほうが、うまい」


 『うま味調味料』の出来上がりだ。片田の時代には化学調味料と言っていた。この製品の名前を、洗剤が入っていた箱の名前から『いの一番』としたいところだが、商標権など、いろいろありそうなので、別の名前にしようと思う。


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