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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
443/609

ラ・イザベラ

 十七隻の艦隊のなかに、クリストファー・コロンブスの旗艦、サンタマリアには及ばないが、同型に近いナオとよばれている帆船が二隻含まれていた。

 コリーナ号、ラ・ガレハ号という。

 二隻とも多数の入植者を乗せていた。独り者だけではない。夫婦者、子供を連れた者もいた。


 船団がカディスを出港してから十日過ぎた頃、ラ・ガレハ号で一人の子供が高熱を出した。子供は、その家族と共に、最も風下の船首側に移動させられる。

 残りの乗員が恐る恐る様子を見ていると、子供の皮膚ひふに無数の瘡蓋かさぶたが現れる。


 皆が安心した。やれ、ペストではない。ただのビルエラ(天然痘)だ。


 天然痘ならば、多くの子供が発病する。理由はわからないが、大人には感染しない。ただ患者の見た目は恐ろしいので、Wikiで天然痘を検索するのは、やめておいたほうがいい。


 子供を持つ家族は、別の甲板の船尾寄りの場所に移動させられた。この事により、感染の速度は遅くなったが、それでもラ・ガレハ号に乗る子供が、次々と感染していった。カルロス・ゴメスとソフィア夫婦の息子、マルコも感染した。

 船隊がイスパニョーラ島のナビダーを出発した直後の事だった。


 コロンブスは友好的なグァカナガリ王の国に交易所を設けたかったが、船医のチャンカ博士が反対した。

 周囲を湿地帯に囲まれたカラコル湾は病の巣窟そうくつに違いない、というのだ。


 そこでコロンブスは西に行くか、東に向かうか選ばなければならなかった。現地人がシバオと呼んでいる黄金の産地は東の方にあるそうだ。

 コロンブスは、シバオがジパングかもしれない、と思っている。


 そこで、東から西に吹く貿易風と、加えて同方向に流れる海流に逆らって東に向かう。帆船が風上に向かうには、ひっきりなしに船首の向きを変えてジグザグに進まなければならない。これをタッキングという。

 帆の向きも、それにつれて頻繁に変更する。甲板員は疲弊する。

 ほんの百キロ先の、後にラ・イザベラと呼ばれる場所までたどり着くのに、一カ月を要した。一日に三キロメートル程しか進めなかった。


 このつらい航海の間、マルコ・ゴメスも感染し、発症して、回復に転じた。顔や腕に一面に吹き出した疱瘡ほうそうが乾きかけている。


「マルコの様子は、落ち着いたようだな」父親のカルロスが妻のソフィアに言う。

「たぶん、もう峠は越したのでしょうけど、でも、早く、こんな空気の悪い船内ではなく、陸に上げてやりたいわ」

「そうだな、こんなところでは、治りも遅いだろう」

「ねぇ、あなた。なるべく早くこの子が上陸できるように、船長さんに頼んでちょうだい」

「わかった、頼んでおくよ」


 イスパニョーラ島の海岸線が北に膨らんでいるところがあった、その手前側は東風や同じ向きの海流を避けることが出来る。西暦一四九四年一月二日、コロンブスが、そこを植民地と決め、カトリック両王のうち、女王の方の名前、イザベラ、と名付けた。


 コロンブスがサンタマリア号から離れ、小さな砂浜に上陸する。

 この瞬間に、艦隊の提督だったコロンブスが、新大陸の副王になった。スペインの両王との約束だった。


 コロンブスが植民希望者全員と、一部の船員を上陸させ、急いで草ぶきの小屋を建設させた。平民も貴族も区別しなかった。

 海岸のサンゴを割って基礎を置き、周囲の木を伐って、柱を建て、屋根は草でいた。

 数日の内に二百軒程の小屋ができ、植民者が移り住んだ。カルロスとソフィア夫婦、その息子も船からラ・イザベラの草葺小屋くさぶきごやに移り住んだ。




『ラ・イザベラ』には、まだ畑がない。川や海に魚が無数にいて、手づかみでも取れるが、魚だけでは飽きてしまう。

 周辺の住民が、果物やイモのようなものを持って来る。ここは、まだ敵対的ではないようだった。

 船医のチャンカ博士が、初めて見る魚や果物などを、まず犬に食べさせて安全かどうか判断する。



 やがて、植民者が住民と交易をするようになる。船で積んできた細々(こまごま)としたものと、住民が持って来る商品と交換した。

 

 小屋が切れた所に自然に広場が出来、いちになった。


 マルコの小屋は、市に面していた。母親のソフィアは外の風にあたった方が、回復が速いと考えている。

 そこで、小屋の北側の日陰に木箱を置き、なるべく、そこにマルコを座らせていた。


 マルコの天然痘は、ほとんど治っていた。体のいたるところの瘡蓋かさぶたは、おおかた乾燥していて、かゆかった。

 それをひっかいて、はががし、地面に投げる。ときどき、まだ乾ききっていないのがあり、ちょっと血が出たり、うみが出たりした。瘡蓋を剥がすと、あとが『あばた』になると母が言っていたが、ここでなら、叱られない。

 地面に幾つもの乾燥した瘡蓋が落ちている。


 マルコの正面では、現地の住人が、色々な商品を地面に並べている。小さなすずが特に人気だった。チリチリと鳴る鈴に住民が不思議なほど熱狂した。次に人気があったのが砂糖だ。この時期にはまだカリブ海にサトウキビが渡っていない。

 

 地元の住民の母親が連れてきた赤ん坊だろう。市の地面をっている。

 一人の赤ん坊がマルコに気付いて、近寄ってきた。片手をマルコの方に延ばし、

「アーッ、アッ」と言う。なにかな、遊んで欲しいのか、とマルコが思う。


 次に、赤ん坊が地面を見回し、マルコが投げ捨てた瘡蓋かさぶたひろって、目の近くに寄せた。

「それ、きたないぞ」そういって、マルコが取り上げようとする。

「ヴーッ」赤ん坊が瘡蓋を片手で握り、抗議する。

「まあ、欲しいんなら、いいけど」


 赤ん坊が小さなてのひらを拡げ、手の中の瘡蓋を見つめる。

「それ、どうするつもりだ」マルコがたずねる。


 赤ん坊が、掌の瘡蓋を口に放り込んだ。


「あ、食べちゃうのか、気味悪きみわるいなあ」

 これはまずい、と思ったマルコが、地面に落ちている瘡蓋を集め、赤ん坊が口に入れられないようにする。


 母親だろうか、市で果物を並べていた女性が、愛想あいそ笑いをしながら、赤ん坊を引き取っていった。




 それから、しばらくして、市に来る住民が減る。やがて、一人も来なくなった。


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