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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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大丈夫だ (だいじょうぶ だ)

「わぁあ、これが船の上か」上甲板に登ったベンヤミンが言った。

「兄ちゃん、あれ、見てみろ。帆柱ほばしらが高いなぁ」これはサイラス。

「あ、上の方にかごみたいなのがあるぞ。あそこまで人が登っていくのかな」

「あそこから下を見たら、怖いだろうね」


 彼らが育ったジェルバ島は平坦へいたんな島だった。山や丘などの高地がない。高い所から見下ろす、などと言う経験はほとんどなかった。あるとすれば、港の脇に建つ要塞の城壁から見下ろすくらいだろう。


 英語が出来る通訳、ヤコブ・シャハムと少し英語ができる日本人、菅浦すがのうら藤次郎とうじろうが二人の後から上甲板にあがってきた。

 ヤコブはポルトガル沖で救出されてから、ジェルバ島まで『加古かこ』に乗ってきているので、あるていど船内の勝手がわかる。


「まず、上甲板の上に座れ」ヤコブが二人に言った。四人が胡坐あぐらをかいて座った。

「今は停泊しているから船は動かないが、海に出るとれる。船の中で移動するときは、体の確保が必要だ。両手で周囲の手摺てすりなどを使って確保すること」

「わかったよ」

「私は、英語が出来るということで、しかたなく、この船に一年間だけ乗ることになった」ヤコブが続ける。

「しかたなくって、どういうこと」

「私には結婚したばかりの妻がいる。二人でポルトガルから島にたどり着いた。だが妻を島に残して船に乗らなければならなくなった」

「奥さんがいるのか」

「なのに、なんで船に乗るんだ」

「お前たちのせいだ」

「おれたち」ベンヤミンとサイラスが言った。

「お前たちが日本語を理解するようになるまで、通訳が必要だからだ」

「あぁ、そういうことか、それは、ゴメン、ゴメン」

「まったくだ。ジェルバ島のラビ、それと、命の恩人おんじんの村上殿が頼むので、しかたなく一年だけ船に乗ることにした。もちろん、私の安息日とカシュルートは保証してくれる」

 カシュルートとは、ユダヤ教の食物禁忌のことだ。イカやタコを食べない、というあれのことだ。


「まず、出港前に、どうしても覚えておかなければならない日本語を教えておく。いつも私が側にいられるとは、限らないからな」

「わかりました、おねがいします」サイラスがちょっと真剣な目で言う。


 ヤコブは、ジェルバ島までの航海中、少しの日本語を覚えている。

「トマレ、ヤメロ、アブナイだ。これを日本人がお前たちに言う時は注意しろ」

「どういう意味」

「トマレ、はその場で止まれ、という意味だ。普通はお前たちが、そのまま移動すれば危険だ、ということを示している」

「トマレ、トマレ」

「トマレ」

「そうだ、ヤメロは、その時お前たちがしている行為を、めろ、と言っている」

「ヤメロ」

「アブナイ、は危ない、という意味で、お前たちが危険な状態か、危険な行為をしている、という意味だ。上から物や人が落ちてくることもある。これを言われたら、周囲を見回したり、自分のやっていることを止めたりした方がいい」

「トマレ、ヤメロ、アブナイだね」

「そうだ、これは今、この場で覚えろ。船の中は危険がいっぱいだ」

「覚えたよ」

「次は、お前たちが話すほうの言葉だ。病やケガについてだ」

 そういって、ヤコブがアタマ、ウデ、ムネ、ハラ、アシなどを指さして教える。次いでイタイ、ヘンダ、クルシイなどの言葉を教える。

 これだけ覚えていれば、具合の悪くなった時、船内の医者に自分の状態を説明できる。


「喉がかわいたときは、ノドガカワイタ、腹が減ったときは、ハラガヘッタ、だ」

「ハラは、腹のハラか」

「そうだ」


「あまりいっぺんにおぼえられないだろう。今のところは、あと一つだ」

「そうしてくれると、ありがたいよ、まれ、めろ、あぶない」


「最後の言葉は、便利な言葉らしいのだが、注意しなければならない言葉でもある」

「便利な言葉、どんな」

「ダイジョウブダ、と言う言葉だ。これは私も、まだよく意味が分かっていないのだが、非常に多くの場合で使われる」

 室町時代に“大丈夫だ”と言う言葉を、現代の意味で使うことはない。当時の『大丈夫』は『立派な男子』という意味だ。筆者はそれを知っているが、面白いので続ける。


「例えば、この人は、信用できる人か、と聞かれた時、ダイジョウブダ、と言えば、信頼できる人だ、ということになる」

「うんうん」

「どこか、具合が悪いのか、に対してダイジョウブダ、といえば、具合は悪くない、という意味だ」

「ちょっと、待って、肯定(yes)しているんじゃないのか」

「そこが、よくわからないところだ。他にも、これは食べられるのか、と聞いた時に、ダイジョウブダ、は食べられるという意味になる」

「それは、わかるよ」

「ところが、お茶を飲むか、に対してダイジョウブダ、は飲まないという意味だ」

「うぁお、どういうことだ、ダイジョウブダって」


二者択一にしゃたくいつのような問いに対して、日本人の考える、『良かれ』と思う方を選択しているように思える。が、混乱するだろうから、これくらいでやめておく。日本人はこれを頻繁ひんぱんに使う。よほど便利なのだろう」

「なので、この言葉を聞いた時には、よく考えた方がいい。わかったか」


「大丈夫だ」二人が答えた。



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