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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
438/607

ラビの家

 七十人のユダヤ人達とともに、ユダヤ教のラビの家に着いた。船から来た者達は、一時的に宿泊する家に散っていった。


ラビだからといって、他の家と変わったところはない。ユダヤ教のラビは妻帯することもできるそうだ。

 ラビの名前は、エフゲニー・ランダウという。妻の名はコーラ。子供は男の子ばかり五人で、上からアブラハム、ベンヤミン、サイラス、ダヴィド、イマニュエルだそうだ。


「お父さん、お客さん」末っ子のイマニュエルが、帰宅した父親に尋ねる。五歳くらいだ。

「ああ、お客さんだ。多くのユダヤ人を助けてくれた恩人だ」父が言う。

「言葉、通じるの」

「いや、通じないな。なので、通訳を連れておる。それでも礼儀を欠かしちゃあいかん。イマニュエル、ご挨拶をしなさい」

「いらっしゃいませ。多くの人を助けてくれてありがとう」

「ようし、よくできた」父親のエフゲニーがめた。


「いまから、夕食の準備をさせるが、支度したくにしばらくかかる。それまでの間、しばらく待ってくれ、部屋は奥に用意する。裏口があるので、そこから外を歩いてくれてもいい。ナツメヤシの畑につながっている」

「では、少し外を歩いてみます」そういって村上雅房まさふさは、通訳達と外に出た。イマニュエルがついてくる。ものおじしない子のようだ。


「まず、井戸に連れて行ってくれないか、イマニュエル。のどが渇いた」雅房がイマニュエルに言った。水質を確かめておきたかった。

「こっちだよ」右手の方を指す。井戸があり、十三歳くらいの男の子がいた。

「サイラス兄さん、この人が水を飲みたいって」

「水かい、いいが知らない人だな」

「お父さんのお客さんだよ。七十人もの人を助けたんだって」

「ああ、その話は聞いている。この人達か、どうもありがとう。水だね、ちょっと待って」

 サイラスがそう言って桶を井戸の底に降ろす。車井戸だったので、井戸の上に定滑車ていかっしゃが固定されている。

 反対側の綱を押し下げると、水の入った桶が上がってきた。

「どうぞ」


 雅房が水を一口含む。硬いが、塩辛くはないようだ。これならば、蒸気機関の水としてつかえるかもしれない。後で機関長に聞いてみよう。そう思った。


「君たちは、ナツメヤシの畑で仕事をしているのかい」雅房が尋ねる。

「そうだよ。今は受粉の季節だから忙しい。兄さん達もみな畑に出ている」


 ナツメヤシの畑には雄株おかぶが数本で、あとは皆雌株めかぶだった。実がなるのは雌株だけだからだ。そして、雄株から雄蕊おしべを抜き、雌蕊めしべに付けて人工授粉をさせる。このようにすると夏の終わりには、ほとんどの雌蕊が実になる。

 人工授粉させないと、実の成りかたが少ないのだそうだ。


 サイラスに礼を言って、畑の端まで歩いてみる。見事に整然とナツメヤシの木が植わっていた。しかも、高さが同じだ。同じ年に苗を植えたのだろう。少し離れた所には、また異なった高さの一群が見える。


 しばらく行くと、ヤシとは違う葉を持つ木が生えていた。

「これは、何」

「オリーブだよ。油が採れるし、実を食べてもおいしい」イマニュエルが言った。

「これがオリーブか」


 そういって、イマニュエルの方を見ると、暑そうだった。雅房達についてきたので、ヤシの葉の帽子をかぶっていなかった。

「もどるか」そう言って、来た道を引き返す。




 夜になって、夕食に招かれた。

「あなたはむべき方、世界の王なるわれらの神、すべてを御言葉みことばによって存在させる方です」ユダヤ教の『食前の祈り』が唱えられる。


「まず、最初にこのコスキをお食べなさい」ラビが薦める。クスクスのことをそう呼ぶ。小麦を粗挽あらびきにした粉を小さな団子だんごにして蒸す。

 それを魚のスープの中に入れて食べる料理だ。バターの香りがする。


「これは、おいしいですね」雅房が言う。

「そうか、そうか」とラビが満足そうな顔をする。小麦は輸入しなければならない、と言っていたので、高級な料理になるのだろう。

 長男のアブラハムは、長男らしく、おっとりとした表情で食べていた。次男のベンヤミンは豪快に食べる。

 三男のサイラスが、これ高かったんじゃないの、といって、母親のコーラににらまれた。

 四男のダヴィドが、魚の骨を慎重に取り出して、テーブルに並べる。

 五男のイマニュエルがしきりに雅房に話しかけてくる。外の世界の事が知りたいらしい。


「イカとか、タコとか食べたことあるか」ベンヤミンがサイラスに言う。

「もちろん、食べたことあるぞ、ムスリムの家で」

「ありゃあ、魚とは違う歯ごたえがあって、うまいもんだよな」

「まあな、他に食べるもんがなければ、食べてもいいかな、くらいかな」

 英語の分かるユダヤ人が途中まで翻訳して、困惑する。どこまで翻訳していいものやら。


 父親のエフゲニーが難しい顔をして言った。

「家のなかではかまわぬが、外に行ってそんな話をするではないぞ」

「すまない、お客人。ユダヤ教徒は海で採れるものは、うろこのある物以外は食べてはいけないことになっている。聞かなかったことにしてくれ」

「それは、承知しました。が、鱗の無い物を食べてはいけないとは、どういうことでしょう」


「さてな、理由はわからぬ。大昔に、このさだめが作られたときには、なにかの理由があったのであろう。しかし、それは失われてしまった。もしかしたら、鱗の無い物を食べて毒にあたったのかもしれん。しかし、我々は教えに従って、こうして無事に生きている」


 食事の後は、歓談かんだんの時間になった。特にラビの五人の息子が、外の世界の事を知りたがった。


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