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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
436/609

ジブラルタル

「もし、迷われておられるのでしたら、さかいに相談なさったらいかがでしょう」航海士が言った。

「それも、そうだな」村上雅房まさふさが短波無線で相談する。


 堺からは、もし可能であれば、ジェルバ島にユダヤ人達を届けて欲しい、と言ってきた。現地のユダヤ人が友好的であれば、地中海に寄港地を持つことが出来るかもしれない。


「だ、そうだ」

「確かに、地中海に寄港地を持てれば、付近を自由に行き来できますね」航海士が地図を見ながら言った。

「よかろう、ではジェルバ島に行くことにしよう」


 海から引き揚げたユダヤ人の中に英語を話せるものが一人だけいた。ヤコブ・シャハムと名乗った。そのヤコブに『加古かこ』がジェルバ島まで連れていくと伝える。

 ユダヤ人達が歓声を上げた。


彼らは、最も年長の男を中心にして、即席の組織化をなしたようだった。その長老(といっても、壮年の男だったが)がヤコブを介して代表者として話しかけてくる。


「助けてくれたうえに、目的地まで乗せていってくれること、まずは、感謝したい。ところで仲間達は長く水中にいたので体が冷えている、なんとかならぬか」

「そうか、では、とりあえず、風のあたらない砲列甲板に降りてもらう。準備ができたら風呂に入ってくれ」雅房が言った。

「船の中に風呂なぞ、あるのか。仲間は七十人もいるのだが」

「大丈夫だ、甲板長、一番大きい帆布を三枚出してこい、上甲板に露天風呂を作ってやれ」


 トップスル・コースというほばしらの一番下に取り付ける帆が甲板に持ち出され、三枚重ねにされた。四方をロープで釣り上げた帆にポンプから海水を入れる。多少染み出してしまうが帆の中に海水が溜まる。


 そこに、機関員がU字型の鉄管を差し入れ、甲板下から伸びている蒸気パイプにつなげる。

 ボイラーから高圧蒸気を海水中に噴出ふきださせる。白い蒸気が甲板にあふれ、あっというまに露天風呂が出来がった。

「入れるぞ」甲板長が下の甲板で震えているユダヤ人に言った。「最初は二十人くらいだ」


 子供や女性、虚弱そうな男などが選ばれて上がって来る。

「服のままでいいから、入って暖まるといい」


 白い肌に赤みが戻り、紫のくちびるが魅力的な色になった。露天風呂は、蒸気船だからできる。どの艦でも、娯楽ごらくとして頻繁ひんぱんに露天風呂がもよおされていた。




 東からの向かい風を待って、ジブラルタル海峡の突破を試みる。スペイン側のタリファ島要塞から、数発の砲弾が飛んできた。黒煙こくえんきながら海峡に侵入してくる異国船に対する威嚇いかくのつもりだろう。


 島の隣にある軍港から、一隻軍艦らしき帆船が出てきたが、東風に流されて、後方に去っていった。その頃には、『加古』は海峡の最も狭い所に達していた。

 左手に動物がうずくまったような岬が見えてくる。斜面が木におおわれて緑だが、頂上付近は岩がむき出しになって白い。

 その岬を通り過ぎて、東側に出ると、こちら側は急な崖になっていて、白い石灰岩がむき出しになっている。『ザ・ロック』である。


「こりゃ、見事な岩山だな」

「あれじゃあ、とても登ることは出来ないだろう」

「頂上あたりは、要塞かもしれんの、あまり近寄らない方がいいかも」


 そう言っていると、頂上当たりで白い煙が噴き出し、岩山と『加古』の間の青い海に白い波柱なみばしらが立つ。


「こりゃ、届きそうもないの」

「そうじゃ、そうじゃ」


 ユダヤ人達は、船賃の代わりだ、ということなのか、しきりに船の仕事を手伝おうとする。艦長の村上雅房が、気にしなくていい、船は危険なのでケガをするかもしれない。手伝わなくてもいい、というのだが、あきらめない。

 ところが、ある日、あれほど手伝おうとうるさかったユダヤ人達が、その日はひっそりとしていた。

「どうしたんだ、今日はやけに静かだな。具合でも悪いのか」雅房がヤコブに尋ねる。

「今日は安息日あんそくびですから」

「安息日、それはなんだ」

「今日は土曜日です。ユダヤ教では土曜日は安息日シャバットといって、なにも仕事をしない決まりになっているのです。食事のための煮炊にたきもしません」

「そういうことか」

「仕事をしない代わりに神のことを考えるのです」

「陸にいるのなら、それでもいいかもしれないが、船に乗る男達はどうするんだ」

「安息日がとれない船員になる者は、ユダヤ人にはあまりいません」

「なるほどな」

「キリスト教徒や、ムスリムは、それほど安息日を厳密にとらえていないので、船に乗ったりもするのでしょう」


 地中海のアフリカ側は単調な景色が続く。木の無い岩山か砂漠が続く。船が近寄れないような断崖も多かった。アルジェ、と思われる港の沖を通過したあたりで、山に木が見られるようになってきた。さらに数日進み、地図帳にチュニスと書かれている港の沖を通過すると、海岸線が南に折れた。

「ここから、南に行ったところに、ジェルバの島がある」ユダヤの長老がヤコブを通じて言ってきた。


 南に針路をとってからは、アフリカの海岸は砂漠だらけになった。ところどころオアシスのようなところに集落が見える。

 こんなところに、人が住めるのか。雅房が思う。


“だから、ユダヤ人の集落があるのかもしれんな”


 ジェルバ島が見えてきた。砂で出来た島のように見える。まばらなヤシの木が生えているが、地面はほとんど赤茶色の砂だった。


「これがジェルバ島か」雅房が溜息をつく。「堺の連中は、ジェルバ島がどんな島か、きっと知らないな」

 日本人の目から見ると、この島は生きていくには過酷かこくすぎた。


ヨーロッパと日本の堺の間で通信ができるのか、というお問い合わせがありました。

片田達の使用している無線は『短波』という周波数の電波を使用しています。

短波は電離層で反射される性質を持っているため、地球の反対側まで届きます。


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― 新着の感想 ―
長波と短波については戦時中の技術などでよく聞くので理解できました。 言葉足らずだったようですが気になったのは 主に送受信設備の規模や電力の多寡などにも影響受けるだろう出力の問題などが 堺側の描写から受…
短波通信でも、符号(モールス信号)ならともかく音声が届くのでしょうか? アンテナの利得や精度と出力次第なのは当然として…… この時代でも試作品レベル(量産しない)なら歩留まりを度外視すれば出来るとの考…
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