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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
432/617

蜂蜜樽 (はちみつ だる)

 退出した二人がぼやく。

「なんで、こんなことになったんだ」パロが言う。

「お前が選ばれたのは、わかるような気がする。いつも悪目立ちするからな」

「そうか」

「ああ、年中喧嘩沙汰けんかざたを繰り返しているだろう。それにくらべて、俺が選ばれたのがわからん」アフォンソが言った。

「目立たないからじゃないか。この仕事は目立たない方がよさそうだ」

「そういうことか、そうかもな」


「ところで、この金貨、どうするか」パロが袋を開けて、金貨を一枚裏返す。金貨の中心に十字が刻まれていた。クルサードという金貨の名前の由来が、この十字だ。

「とりあえず、リスボンに行き、銀行に預けよう」

「そうだな、ヨーロッパにいる間は、強盗やスリに狙われかねない」

「それにしても、帰ってくるまで、何年かかるだろう」


 二人はリスボンに行き、バルトロメオ・マルチオーニの銀行で、当座の路銀ろぎんを除いた金貨を信用状に替えた。


 ポルトガルから海路でジブラルタルを越えて地中海に出るのは危険だった。まだ後ウマイヤ朝のグラナダが生きている。ジブラルタルはイスラムの海峡だった。

 なので、二人は陸路で地中海側のバレンシアをめざし、そこから海路でバルセロナ、ナポリと船をつないだ。ナポリから先には信用状を金貨に替えてくれる銀行がないので、再び金貨を持参することになる。

 ヴェスヴィオ山に別れを告げ、アマルフィを横目で見て、メッシナ海峡を通過して、ロードス島にたどり着いた。


 当時、この島は聖ヨハネ騎士団の根拠地だ。ホスピタル騎士団、ロードス騎士団、マルタ騎士団、色々な呼び名がある。

 元々はエルサレムで病院を兼ねた宿泊所を設立していた。それでホスピタル騎士団。エルサレムが陥落したあとはトリポリやアッコンに転戦したが、中東に居場所を無くし、ロードス島を東ローマ帝国から奪った。それでロードス騎士団。

 パロとアフォンソが去った後、スレイマン大帝の大軍がロードスを襲い、この島を失う。

 ロードスを失った騎士団はシチリアからマルタ島を借りることが出来た。それでマルタ騎士団と呼ばれるようになったという。 


 二人はロードス島でポルトガル出身の騎士を見つけ、詳しいことは話せないが、イスラム側に渡ろうとしている、ということを説明した。

 騎士達は、金貨だけを持っていっても向こう側では怪しまれる。それに、イスラム側は金が安いと言った。それよりも持っている金貨で蜂蜜を購入する方が安全だし、有利だろう。向こうでは蜂蜜が高く売れる。砂漠が多いので当然だろう、二人が思った。


衣服も買い替えて、商人に扮装ふんそうすれば、怪しまれない。みな、蜂蜜を売りに行く商人だと思うだろう。

イスラムの地では、商人は尊重される。


 ロードスから船に乗ってアレクサンドリアに到着する。イスラムの地である。古代世界で最も繁栄した都市の一つだったが、すでにアレクサンドリア図書館も、有名な灯台も無い。

 アレクサンドリアを囲む城壁の中に、壮麗な宮殿や豪奢ごうしゃな邸宅はなかった。それでも、バグダットがモンゴルに滅ぼされ、コンスタンチノープルがオスマンに蹂躙じゅうりんされた後、インド洋と地中海を結ぶ交易の中心になっていた。


 かつての灯台に続く突堤とっていが港を二つに分けていて、片側の港にはイタリア人の倉庫が並び、もう一つの港にイスラム商人の倉庫が並んでいた。


 二人は、アレクサンドリアで病に倒れる。この時代、人の行き来が限られているため、各地に、それぞれの風土病ともいえる病があった。旅行者は行く先々の土地に流行る病に対する免疫がない。旅人は病と闘わなければならなかった。


 二人が高熱を出して苦しんでいる間に、アレクサンドリアの港湾役人が、保管期限が過ぎて放置されている蜂蜜樽に気付く。

 イスラムの法によれば、放置された商品は、その所有者の家族、時によっては遺族、に返却されることになる。しかし、誰もこの蜂蜜樽の所有者の家族を知らなかった。

 そこで役人は、蜂蜜をすべて売却して、売却金を港湾の金庫に納める。


 病が治ったパロとアフォンソが倉庫に戻ると、彼等の蜂蜜樽が無くなっている。どういうことかと港湾事務所に抗議すると、顛末てんまつを教えてくれた。

 しきりにすまながる役人が蜂蜜売却先の商店を訪ねると、まだ商店に残っていた蜂蜜が返却されてきた。役所は先に受け取った購入代金を商店に返す。

 すでに売れていた分については、港湾事務所が小売価格で二人に支払った。事務所は赤字を出しただろう。

 これには、二人とも驚いた。


「こんなことがあるのか。ポルトガルだったら、港湾事務所は知らん顔を決め込むだろう」

「ああ、まったくだ。すべてが返って来るとはな」アフォンソがあきれた。


 確かに、ヨーロッパにいるとき考えていたイスラム世界とは、まったく違っていた。ひげを生やし、ターバンを頭に付け、アラビア語が話せれば、特に不自由をすることはない。加えて蜂蜜樽という商品を持っていれば、商人として扱われて、イスラム法にのっとった、公正公平な応対が期待できる。

 彼らのイスラム潜入は、思いのほかうまくいっている。


 二人が蜂蜜樽を荷車に載せ、海岸沿いにロゼッタに向かう。そこで二本マストにラテンセール(三角帆)を付けたフェラッカ船に乗り、ナイル川を遡上そじょうしてカイロに入った。


 当時のカイロは国際都市だった。地中海世界、インド洋世界、アフリカ、ありとあらゆるところから商人達が集まっていた。

 パロとアフォンソがよこしまな目的で潜入しているとしても、誰もそれに気づきもしないだろう。

 市場を歩けば、様々な商品が並び、香辛料や香料の香りがする。昼間には強い日差しが白い石でできた建物の壁にあたり、日陰でも明るい。夜にはモスクの尖塔せんとう松明たいまつともされる。市場スークの店先にもランプが灯っている。


 二人は、ピラミッド見学に行った。カイロに来た旅行者で、ピラミッドに行かない者はいない。

 ピラミッドのふもとでは、神聖文字ヒエログリフを読むことができるという観光ガイドが、神妙な様子で、デタラメな翻訳を披露する。曰く、「ここには、ピラミッドを建てた奴隷が消費したラディッシュ、タマネギ、ガーリックの量を記録したものが刻まれている」


 それ、ヘロドトスが二千年前にだまされた時の口上こうじょうと、まったく同じじゃないか。


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