表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
429/612

大蔵卿 (Load High Treasurer)

「今日は朝から西風だ、今日もおぬしの船は到着できないかもしれん」ヘンリー王が窓から身を乗り出し、宮殿の尖塔せんとうにたなびく、赤と白の旗旒きりゅうを見ながら言った。

船の到着が待ち遠しいようだ。


 グリニッジ宮殿の東に面した三階の部屋にいる。窓から左手を見るとテムズ川が見える。川の向こうは広い湿地になっていた。


 対岸の湿地は、蛇行だこうするテムズ川に囲まれている。現在ではアイルオブドッグスと呼ばれている。あえて日本語に訳すと『犬ヶ島いぬがしま』だ。

 グーグルクロームで、英語版Wikiの『Isle of Dogs』を検索し、日本語翻訳させると、ちゃんと『犬ヶ島』と訳してくれる。

 造船ドック(dock)がたくさんあるから、そう呼ぶのではない。


 この湿地は、ヘンリーや安宅丸がいる時代には、サンダース・ネスと呼ばれていた。アイルオブドッグスはサンダース・ネスの南西にあった小さな島のことだった。

 ネスの『nesse』=ness は、海や川に突き出た土地の先端という意味だそうだ。現代の英語では、ほとんど使われていない。

 なぜ、サンダース・ネス全体が『犬ヶ島』になってしまったのか、それはよくわからない。

 サンダース・ネスの名前は、南東部に走る道の名前としてのみ、残っている。


 グリニッジ宮殿のある側も、少し東のところで突出している。そちらはリー・ネスと呼ばれていた。

 安宅丸がテムズ川を見る。リー・ネスの向こう側に黒い煙が見えた。


「そうでもなさそうですよ、あれをご覧ください」十日も宮殿にいたのだ。安宅丸も、簡単な英語ならば、聞いて話すことが出来るようになっていた。


 ヘンリーが安宅丸の指す方向を見る。


「おぬしが言うところの、蒸気機関スチーム・エンジンの煙か」

「おそらくそうでしょう」


 彼らが見守るなか、機帆船きはんせん川内せんだい』がリー・ネスを回り込み、テムズ川のブラックウォール・リーチと呼ばれる部分に姿を現す。

 両舷の特徴的な外輪が見えた。間違いなく『川内』だ。


 同じ部屋で幼いヘンリーと積木遊びをしていたシンガも窓際に寄って来る。

「なんか、知らない小舟を曳航えいこうしてきているね、なんだろう」


「あれは、わが国の水先案内船パイロット・ボートだ。西風では川上に登れないので、曳航してきたのだろう。本当に、風上に航行できるのじゃな」ヘンリーが言った。


 宮殿のテムズ川に面した北側に人々が出てくる。王と安宅丸がテムズ川に伸びた木製の埠頭ふとうに立つ。


『川内』が埠頭に着岸ちゃくがんし、踏板ギャングウェイを埠頭に渡した。安宅丸が先導し、ヘンリー七世が少数の兵と共に乗艦する。


 艦内では、ヘンリーが砲列甲板に感嘆かんたんし、蒸気機関に驚嘆きょうたんするが、繰り返しになりそうなので、割愛かつあいする。


 王と安宅丸が上甲板じょうこうはんから船尾楼せんびろうにあがってきた。


「では、実際に風上に向かって航行してみましょう」


王が見ている目の前で左右の外輪が回転を始める。

『川内』が離岸し、北に向かうテムズ川に沿って右旋回する。左から風を受けてライムハウス・レーンを進む。

 ライムハウス村のところで左旋回、真西に向いた。


 ヘンリー王が正面からの風を顔に受ける。


「本当に風上に向かって進んでおる」


 次の蛇行部でわずかに右旋回すると、正面にロンドン橋が見えた。右岸にロンドン塔とシティの城壁も見える。


 ロンドン塔を囲む城壁を過ぎると、すぐにシティの城壁が続く。ロンドン橋がすぐ目の前になる。


「下から見上げると、もっとすごいな」シンガが言った。橋の上にびっしりと三、四階建ての商店が並んでいる。よく橋が落ちないもんだ。


 テムズの水先案内人が、それ以上近づくなと注意する。『川内』が止まった。ヘンリー王が、どうするんだ、と見ていると、船体内部から鈍い金属音が聞こえる。

左右の外輪が逆方向に回りだした。『川内』が、その場で旋回を始め、たちまち船首を下流に向けた。


 風上に進める、機敏に旋回できる、これがどれほど海戦に有利か、ヘンリーが思った。

 この時代の帆船は風だけが頼りだ。その帆船と機帆船が、もし戦うとしたら、機帆船が圧勝するであろう。容易に風上側に回り、近寄ることのできない敵艦を風上側から自由に旋回して圧倒することができる。


 グリニッジに帰るのか、と見た時に、左後方から声が聞こえた。城壁とロンドン橋が繋がるところ、ニュー・ストーン・ゲートから、小舟がこちらに向かって来る。

 ジョン・ダイナム大蔵卿が小舟で立ち上がり、こっちにむかって叫んでいた。


『川内』が縄梯子なわばしごを降ろす。ジョンがそれを伝って上甲板にあがってきた。


「王、いかがでしたか」

大蔵卿ロード・ハイ・トレジャー、これは素晴らしい船だぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ