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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
428/610

積木 (つみき)

 ヘンリー七世と安宅丸の謁見えっけんが終わると、すぐに駅馬がグリニッジ宮殿を出発してポーツマスに向かう。翌朝、ヘンリーの使者がポーツマスに停泊している『川内せんだい』の航海士に安宅丸の日本語で書かれた文書を渡した。

「・ポーツマスで補給を受けることが出来る。補給後にただちに出航して、以下の航海をせよ。

・出港後、海岸線に沿って東に向かえ。百八十キロメートル進むとドーバーの港がある。

 ・ドーバーから海岸線に沿って北上し三十キロメートル進むと、海岸線が西に向かう。

 ・海岸線に沿って西に五十キロメートル進むと大きな河口がある。この川をテムズ川という

 ・テムズ川を六十キロメートル遡上そじょうすると、南岸に宮殿があらわれる。

 ・この宮殿をグリニッジ宮殿という、航海の目的地だ。

・グリニッジ宮殿の尖塔せんとうに赤と白の旗を掲揚けいようして目印とする。

・添付した書類はイングランド国王署名の通行証である。イングランドの官憲に誰何すいかされたときに、提示せよ

・テムズ河口及び目的地の緯度は北緯五十一度三十分である」


「艦長、うまくやったみたいだが、それにしてもそんなに内陸に入って大丈夫なのかな」残された機帆船『川内』の幹部達が不安そうに言っていたが、心配してもしかたがない。

 安宅丸の指示に従って航海することにした。



「おそらく、十日とおか以内にはグリニッジ・リーチに到着するでしょう」安宅丸は、そう言っていた。その十日間、安宅丸とシンガは宮殿に宿泊することになる。


 彼らが滞在するグリニッジ宮殿は、現在グリニッジ・パークとなっている。テムズ川に沿った宮殿跡地には病院が建っていて、南に広い庭園がある。庭園のなかにグリニッジ天文台が建っている。一九八〇年代までは経度〇度の基準点だった。いまの経度〇は百メートル程東に移動しているとのことだ。


数日後、安宅丸とシンガが暇を持て余していると、ヘンリー国王が二人を招いた。広い宮殿の、王の私的な領域だろう。ある部屋に入ると、女性や子供達がいた。

「これが、私のきさきだ。ヨークのエリザベスという」ヘンリーが色白の女性を紹介する。赤いブリオー(上着)のふちに施された金糸の刺繍ししゅうが見事だった。

「安宅丸と申します。よろしくおねがいいたします」

「よろしくね。こちらの若者は」

「シンガといいます」

「あなたも、よろしく」


「これが私の娘、マーガレットだ。四歳になる」そういって、丸顔のかわいらしい娘を紹介した。

「こいつが、ヘンリー、二歳だ。私の次男だ」こちらは、まだ海の物とも、山の物ともしれぬ年齢であったが、後のヘンリー八世だ。

「そして、最後に、彼女がエリザベス・デントンだ。妃の侍女じじょをしとるが、今はワンパク小僧達の養育係をさせられておる」

「よろこんで、やらせていただいていますわ。お見知りおきを」紹介された女性が答える。


「アー、アー、アオ、アオ」ヘンリーがそういいながら、青い積木を握ってシンガに近寄って来る。どうも積木遊びの途中に安宅丸達が入ってきたので、遊びを中断させられたらしい。

「アオか」

「ン、ン」そう言ったあとで、左の方を指さした。床に積木の城が出来ていた。ヘンリーがシンガに、ついてこい、という仕草をする。

「まあ、お客様に失礼です」エリザベスがたしなめる。

「ナンデ」洋の東西にかかわらず、子供はすぐに『ナンデ』を覚える。今のところ、AIにはこれが出来ない。

「なんででもです」

 ヘンリーは気にしていないようだ。

「ヤネ」手に持った積木をシンガの方に付き出して言う。

「ヤネか、そういえば、そんな色だな」

「ウン、ウン」といい、積木の城の上に載せた。

「おっ、上手に出来たな」シンガがめると、ヘンリーが喜ぶ。こいつとはウマが合いそうだと思ったのかもしれない。


「少し、外の庭に出よう」

王様の方のヘンリーが、安宅丸とシンガに言う。赤子の方のヘンリーが抗議する。せっかく遊び相手を見つけたのに拉致らちされるのか。

南側一面に張られた窓ガラスの一角に、ガラス扉があった。そこから宮殿の内庭に出る。


「臣下がいないところで話してみたかったのじゃ。王の立場としては、臣下の前であれこれと詮索せんさくするのははばかれるのでな」

「そうですか」

「そちの船は何で風上に向かって走れるのか」

「帆を使わずに、水車を回転させて、水を後ろに押し出しているからです」

「ガレーのような方法だな」地中海のガレー船のことだ。

「仕組みは同じです。ただし人の力ではなく、『蒸気(steam)』を使います」

「『蒸気』だと、鍋の上に白く立ち上る、あの蒸気か」

「そうです」

「あんなものに、大きな船を動かす力があるのか」

「あります。閉じ込めれば、ものすごい力を出します」

「そうであったのか。それは気付きもしなかった」

「私共の船の中には、大きながあり、そこで石炭を燃やします」

「うむ」

「そして、炉の上に鍋にあたるかまがあって、真水が入っています」

「それで」

「釜からは大量の蒸気が出てきます。それを閉じ込めて、はがねのシリンダーの中に入れてやりますと、反対側を強く押します。押す力を回転運動に変えてやれば、水車を回すことが出来ます」

「そういう仕組みか」


「それと、大砲を載せておると港湾長官が言っていた、本当なのか」

「はい、片舷ごとに二段六列、両舷で二十四門の砲を備えています」外輪水車がある分だけ、二列ほどスクリュー船より少ない。

「口径は、どれほどじゃ」

「これくらいです」そういって指で十五センチ程の大きさを示す。

「砲弾は」

「十四キログラムですから、三十一ポンドくらいになります」

「なんと、三十一ポンドの砲弾を打ち出すのか。それで船が壊れたりしないのか」

「大丈夫です」


 史実ではヘンリー七世は四隻の船を建造している。その内で大きい船、『リージェント』と『ソブリン』には、それぞれ一四一門、二二五門のハンドカノンを搭載した。

 この当時であるから、せいぜい口径は数センチ程度までであろう。火薬量も少なかったはずだ。ふとめの散弾銃に矢や散弾を詰めて、対人兵器とするようなものだったらしい。


 王様の方のヘンリーは従来の衝角ラムと白兵戦による戦いではなく、砲による船舶同士の戦闘を構想していたと思われる。そして、赤子の方のヘンリーがそれを実現する。


 積木遊びのヘンリーは、その治世を通じて、排水量五百トン、大砲八十門の『メアリ・ローズ』のような軍艦を数十隻も建造し、合わせて百隻を超える艦隊を整備することに成功したのである。これには対岸のスペインやフランスも黙るしかなかった。

 ヘンリー八世の三代のちのエリザベス女王の時代、スペインはイングランドに海戦をしかけるのだが、コテンパンにやられている。


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