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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
422/609

交渉 (こうしょう)

「『友好と交易』とはどういう意味だ」ポーツマスの港湾長官が尋ねる。

「まあ、立ち話もなんでしょう。狭いですが私の艦長室にご案内しますのでいかがでしょうか」そう言って安宅丸が長官を自室にうながした。


 艦長室で長官に椅子をすすめる。備え付けの引き出しの中から安宅丸が一対の書類を取り出した。

「これが、日英修好通商条約にちえいしゅうこうつうしょうじょうやくの案です」そう言いながら、英語と日本語で書かれた条約案を長官に示した。


 この条約案は、片田が図書館で調べた幕末の条約が元になっていて、関税や領事裁判権に対する非対称性を除いていた。

 したがって、表向きは対等な条約文であった。

 しかし、イングランド側には日本に到達する手段がないので、その意味では非対称な条約といえなくもない。港湾長官は、ちょっと変な英語で書かれた文章を読んで、そう思った。

 片田がずいぶんと頑張って作文したのだが、この時代の人からみれば、すこし違和感がある。


「まず、第三条に『両国の商人は自由に取引が出来る』とあるが、これは当国の『航海条例』と、相反あいはんする」

 イングランドの『航海条例』とは、一三八一年から複数回制定された条例であり、そのたびに色々な条文が書かれている。

 何度も制定された、ということは、あまり守られていなかった、ということかもしれない。

 物語の時点での航海条例を一言で言うと、

『イングランドに対する外国との輸出入は、イングランド船のみに限定する』

 ということになるだろう。

 イングランドの貿易業を育成することが目的だった。


「我々と貿易すると、お互いに豊かになると思うのですが」

「どのような商品を持っているのか」

「お見せしましょう」そういって商品見本を見せた。

「これは、ガラスです。今までのよりも厚く、表面がひらたくなっています」

「たしかに、ゆがみがなく、色も無い。優れたガラスだな」

「このガラスであれば、このような鏡を作ることができます」そう言って鏡を見せる。

「これは、見事なものだ」長官が感心する。ヴェネチア産のガラスや鏡を見たことはあるが、安宅丸が見せる物よりはるかに劣っている。


「ほかに、明礬みょうばんも染料もあります」

 当時のイングランドの主な輸出品は原羊毛だった。しかし、羊毛のままだと安く買いたたかれるので、染色をして付加価値を付けて販売する。これはヘンリー国王によって進められている国策だった。


 明礬は羊毛を染色する際に色付いろづきをよくするために染料に混ぜられる。媒染材ばいせんざいというものだ。


「お望みであれば、コショウや他の香辛料、乳香にゅうこうのような香料、香木を持ってくることも出来ます。いかがでしょう。私たちは産地に直接行くことができます」

 安宅丸が、たまたま艦内で使用するために載せていた、それらの商品を幾つか持ってこさせた。

「確かに、イスラムやイタリアを経由しなければ、より安く手にいれられるであろうな」

「そのとおりです」


「その方たちが、様々な商品を持って来ることが出来ることはわかった。しかし、対価として何を望むのか、羊毛か、金銀か」

 長官は口が裂けてもいわないが、当時のイングランドには対価として支払えるものが、あまりない。

「私たちの国は貴国より温暖です。毛織物けおりものの需要はあまりありません」

「では金や銀か」

「いいえ、私たちの国は貴国から遠く離れています。これほど離れていると、ありきたりなものが貴重になります」

「ありきたりなもの、とはなんだ」

「真水、食料、燃料などです」

 港湾長官が、悟られないように胸をなでおろす。


「なるほど、そのとおりであろうな」それなら、交渉の余地がある。

「燃料としては、石炭を売っていただけるとありがたい」

“石炭など、イングランドにはありふれている。水や食料、そしてあのような石ころを高値で買うというのか、それならば取引が成立するかもしれない”


「たとえば、それらをどれ程の金額で購入しようというのか」

 安宅丸が、幾つか値段を提示する。長官にとっては十分な額に思えた。


「それと、先ほどの航海条例について、ですが」

「うむ、それが一番の問題になりそうじゃな」

「こういうのはどうでしょう。貴国があまり重視していない離島を貸していただくという約束をする。私たちが商品を運び込むのも、商売をするのも、その島だけとします」

「なるほど」

「貴国の周囲を航海していて、よさそうな島を見つけています。この港から南南西にいったところ、大陸のすぐそばにある島はどうでしょう。食料品の取引で一度上陸してみましたが島の西半分にしか人が住んでいませんでした。あの島の東半分を貸していただくと助かります。水は島でまかなえるようになりますが、それでも食料と燃料は購入しなければなりません」

「島にある村の名前を、現地の民は何と言っていた」

「たしか、セント・アンと呼んでいました」

「ああ、それはオルダニー島だな。王家が所有している島だ」

「それは好都合ではないですか。租借そしゃくの件を王の一存で決められます」

「それは、そのとおりだが」

 この時点でイングランドには既に議会がある。もしイングランドの土地、例えばワイト島を外国に貸すとなったら、議会の承認が必要になるが、王室所有の島であれば、議会承認は不要になるという意味だ。


「もし、島を貸していただけるのであれば、このガラスと鏡の製法をお教えします。イングランドの川にある無数の川砂から、ガラスや鏡を作ることが出来るようになるでしょう」

「なんと、製法は秘密ではないのか」


 港湾長官が考えた。これは王に報告する価値のある話だ。もし王が断るのであればそれはそれでよい。が、しかしこの条約の申し出で国が富めば、私の出世のきっかけになるかもしれぬ。

 彼は王の命令で、このポーツマスを軍港化するために派遣されてきている。王に直接拝謁はいえつすることもできた。


「わかった。この件を王に話してみることにしよう」


●今週は土日休みとします。次回は1月20日(月)に投稿します。


今年に入って、少し心を入れ替え、書いたものを一日寝かせることにしました。

去年までは毎日が締め切りで、見切り発車する投稿もあったので、反省しました。


そして、なるべく週休二日、木、日曜日休みにしていたのです。

ところが昨日の木曜日、書き溜めていた物をうっかり投稿してしまいました。


なので、土日休みます。


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