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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
417/608

大西洋

 明応めいおうの政変に続く紀伊きい越前えちぜんの征伐は、細川政元まさもとが言ったとおりに進むことになる。明応二年うるう四月の終わりは西暦で言えば一四九三年の六月中旬にあたる。日本で明応の政変が進んでいるころ、安宅丸あたかまるは大西洋のアフリカ沿岸、赤道近くにいた。


「島が見えるぞぅ」前檣フォア・マストの上に立つ監視員が叫び、北北西の方向を指さした。

 彼が見つけた島はサントメ島という。現在は北西にあるプリンシペ島と合わせて、『サントメ・プリンシペ』という独立国になっている。カカオが名産品とされているそうだ。

 片田が未来から持ってきた高校教材の地図は一九六〇年代の物であるため、まだポルトガル領とされている。

 安宅丸の外輪船『川内せんだい』が島を一周する。島の東北部に二つの湾が並んでいて、その南側の湾から煙が立ち上っていた。

 人が住んでいるらしい。

 沖から観察したかぎりでは、要塞や砲台のようなものは見当たらない。湾の背後の傾斜地は森になっていて、耕作地は見当たらなかった。


 このサントメ島とプリンシペ島をポルトガル人が発見したのは一四七〇年前後だとされている。この時には両島とも無人島だったそうだ。

 島が南大西洋の探検にとって有利な位置を占めることは明らかだったが、熱帯気候と風土病のため、ポルトガル人の入植がはじまるのは、かなり遅れて一四九三年だった。

 安宅丸達が見たのは、この時の入植者であろう。


「ここは、既に人が住んでいるみたいだな、この島はあきらめよう。北北東の側に、もう少し小さな島があるらしいから、そっちの方も調べてみよう」

 安宅丸がそう言った。プリンシペ島の方に向かう。


 プリンシペ島は、やはり北東に深い湾があった。周囲を回ってみると人が住んでいる様子はない。物見のための高地が島の南方にしかないので、周囲の海を偵察するには不便そうだったが、この島にしよう。安宅丸はそう決めて、堺に無線で報告した。

 堺からは、この島に入植するための船団が出航することになるだろう。




 プリンシペ島で給水を行い、次はカーボベルデに向かう。ダカールの沖にある諸島だ。大小合わせて十程の島々からなる。

 ここは、サハラ砂漠と同緯度にあるため、乾燥していることが沖からも見て取れた。そのためなのだろう、いくつか上陸してみると、開拓を放棄した跡が幾つもあった。

 この諸島にポルトガル人が再び注目するようになるのは、新大陸発見後である。

新大陸への最適な航路は、ここから出発して真西に進み、プエルトリコからベネズエラへと南北に延びる諸島にたどり着くことだと知ってからのことである。

この航路はコロンブスが第二回の航海で発見する。この年の九月のことである。安宅丸達の方が三か月程早かった。

なお、ポルトガル人が、この島を新大陸の足掛かりとして使ったのは、ブラジルにいくためである。それ以外のアメリカはスペインの土地とされていた。

安宅丸達は、一番大きな島、現在サンティアゴ島と呼ばれている島の南端に深く浸食されたれた谷を見つける。そこでは穴を掘ると真水が得られたので、ここを入植地とした。

この位置も堺に打電する。現在のシダーデ・ヴェーリャの位置である。




 そして、この群島から、安宅丸達はパナマに向かう。

 犬丸いぬまる達はパナマの太平洋側から大西洋側までの鉄道を開通させていた。

 以前どこかで書いたが、鉄道の建設は速い。なぜならば、鉄道建設の最前線までの物流を建設済の鉄道自身で行えるからだ。

 日本からは、現地において人力で取り扱える三から五メートル程の短いレールと犬釘を大量に運ぶ。道床どうしょうに使う砂利と枕木まくらぎは現地で調達できる。

 砂利はダイナマイトで岩を砕いていくらでも作ることが出来た。




『川内』の通信士が木製の団扇うちわのようなものと小さな電気拡声器スピーカーの四角い箱を持って上甲板に出て来た。

「よーし、檣間電纜しょうかんでんらんの回路を切断して、こっち側に繋ぎ変えてくれ」通信士が無線室の開いたドアに向かって言った。檣間電纜とは、主檣メイン・マスト後檣ミズン・マストの間に張られた電線のことで、短波無線通信のアンテナとして使われる。

 スピーカーから雑音が聞こえ、ついで連続した鈴の転がる音がする。鈴の回転音は、パナマ大西洋岸の犬丸達の建設小屋にある無線機から発信された電波に乗ってやってくる。

「よし、繋がったな。航海士殿、準備が出来ました」

「そうか、では操舵輪そうだりん前の羅針盤らしんばんで試してみてくれ」

『川内』は、舵の操作を後甲板の操舵輪で行う新方式を採用していた。


 通信士がスピーカーを甲板に置き、団扇のようなものを羅針盤の上に立てる。団扇の円筒形のを回すと、鈴の音が大きくなったり、小さくなったりする。最も大きな音がすると思われるところで団扇を固定して羅針盤の目盛りを読んだ。

「大体二百二十度くらいですね」

 団扇の円盤の縁が二百二十度の方向を向いていた。

「もうすこし精度を上げてみたいのですが、皆を静粛せいしゅくにさせていただけますか」

「ちょうど風下の方角だな、都合が良い」と航海士が言い、ついで叫んだ。

「上甲板、静粛にせよ!」皆が黙って二人の方に注意を向けた。


 通信士が左手でスピーカーを持ち耳に当てながら、可変抵抗器を操作する。二百二十度から左に四十五度回したところで、鈴の音が聞こえないようにした。

 そして、団扇の柄を右に回して二百二十度を超えて反対側に振る。こちらでも音が聞こえなくなる点があるので、それを読み取り、二つの角度の中間を暗算する。


「おそらく、二百十八度が針路になります。ただし堺が言うには、精度は五度程度だそうです」

「そこにパナマがあるのだな」

「そうです」


 通信士が持っていた団扇はループアンテナというものだ。木の薄い板を丸く切り、縁の部分にみぞを彫る。そこにうるしで絶縁した銅線を数回巻き付けている。これがアンテナになり、受信機に繋がれる。

 

 無線電波の来る方向と、ループアンテナの縁とが平行になったときに、最も受信感度が良くなる。反対にループアンテナの軸と電波の来る方向が一致すると、感度が悪くなる。

 この仕組みを使って、電波発信源の方向を知ることが出来る。

 このような機械を方向探知機という。現代の航空機ではADF(Automatic Direction Finder)という装置がそれにあたる。GPS航法が普及する前には、よく使われていた。


「ようし、針路、南西、微南びなん」航海士が操舵士に指示する。

「ごくろうだった。精度が五度ということだったな。ならば、到着まで、あと数回頼むことになるだろう。よろしく頼む」

「了解いたしました」


 それから一昼夜の間、四回の方向探知を行った。そして『川内』がチャグレス河口の東に拡がるリモン湾にいかりを降ろす。まったく迷うことはなかった。

砂浜にはやぐらが建てられていて、灯台の代わりなのだろうか、頂上で盛んにたきぎが燃やされていた。

『川内』の到着を知った犬丸達が岸から何本もの火箭かせんを打ち上げて歓迎する。白、赤、緑、青などの煙が空に向かって幾つも立ち上っていった。


 地球を一周する交通路が完成した瞬間だった。


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