上空 (じょうくう)
東から西に延びる和泉山脈は城ケ崎、田倉崎で海中に没する。その先は加太ノ瀬戸という狭い水道になり、さらに西に地ノ島、友ヶ島が続き、友ヶ島水道を経て陸に出る。淡路島の南側には諭鶴羽山地が東西に延び、鳴門の瀬戸を越えて、四国の讃岐山脈に続いている。
この東西に切れ切れと伸びる山脈は、古代に海洋プレートが地中に潜り込んだ際に地上に残された堆積物である。
地学では付加体と呼ばれている。
太陽が東の和泉山脈の上に出た。飛行艇母艦『阿賀野』が針路を南南西に向け機走を始める。
飛行艇を射出するために、風上に向かって速力を上げている。甲板上のカタパルトで鈍い爆発音が鳴り、飛行艇『千鳥二号』が空中に発射される。
少し高度を下げた飛行艇が、海面に達する前に浮力を得て上昇を始める。目指しているのは、友ヶ島水道の方向だ。
「こちら、『千鳥二号』。射出は成功だ。これから高度を取って『紀の川』河口を目指す」銀丸が共用周波数で報告する。風は南南西、向かい風だった。
安全な高度が得られた『千鳥二号』が左旋回し、友ヶ島と地ノ島の間に針路を向ける。両島の間に水面はあるが、ここは浅すぎて、潮の流れが速いときには船が通ることは出来ない。
その瀬戸を過ぎると、目の前に田倉崎が大きく見える。
「何か、見えるか」銀丸が『ひばり』に尋ねる。
「まだ、なにも」
まだ朝日が低い位置にあるので、岬の影が海面に長く伸びている。
「あ、見えた。船だ」
「船団を発見。隻数六十か、それ以上。針路は北西」『ひばり』が無線機で報告する。
「どっちを通りそうだ」無線機から問いかけがある。
事前の打ち合わせで、船団が北上してくる場合、東の加太ノ瀬戸を通るのか、それとも友ヶ島水道を通るのかが重要だ、と言われていた。
「まだ不明。田倉埼を回るまで、どちらにいくかわからない」
「了解した」
飛行艇が田倉崎を過ぎ、眼下の船団の全体像が見えてくる。先頭に一隻の大きな軍船が航行している。これが先導船のようだ。その後に六列の縦隊が並ぶ。それぞれの先頭を走る船が、その後ろに続く船隊を指揮しているのだろう。
『ひばり』が船隊の隊形を報告した。
「どっちを通りそうだ」
「まだだってば。まだ岬に着いていないもの」
「そうか」
『ひばり』が送話器を膝に押し付けて、操縦席の銀丸にボヤく。
「しつこいなぁ」
「向こうは、見えているわけじゃないんだから、しかたないさ」銀丸が答える。
「聞こえているぞ」『ひばり』の受話器から相手の声が聞こえる。
「あぅ、しまった」
さすがに、送話器の向こうの通信士は、それ以上聞いてこなかった。
紀州の船団が岬を過ぎる。先頭の船が右に船首を振った。四角い横帆に南南西の風を一杯に受けているようだ。このままの勢いで東側の加太ノ瀬戸を突っ切ろうとしていようだ。
「どうしよう、報告しようか」『ひばり』が銀丸に相談する。
「もう少し待て、確実になってからでないと、取り逃がすことになる」
「そうだね」
船団の第二線も北に針路を向けた。紀州の船は風上に間切れない。先頭の船は、もう友ヶ島南岸に回れない位置に来ている。
「『ひばり』、もういいだろう。報告しろ」
「こちら、『千鳥二号』。紀州の船団は地ノ島東の加太ノ瀬戸を通過する」
「承知した。よくやった。しつこくってすまなかったな」
「あっ。いえ、ごめんなさい」
通信士からの報告が『古鷹』、『加古』両艦長に伝えられる。『古鷹』が、紀州水軍の先頭船を、『加古』が、二線最左列を攻撃することに決定した。
二艦が機関を最全速に上げ、加太ノ瀬戸を目指す。
紀州船隊からは、間に地ノ島があるため、二艦を見ることは出来ない。
紀州船隊の先頭船から見た時、左舷側の地ノ島の陰から二隻の巨艦が突然現れたように見えた。十六門の砲口は、すべて開いている。
相手の先頭を走る艦が発砲した。と、思ったら、自船の帆がずたずたに引き裂かれた。
石が当たったのか、甲板に倒れ込む船員が数名いる。
敵艦がこちらに船首を向ける。敵甲板の水兵が幾つもの丸太のようなもの持ち上げる。丸太から煙があがる。
多数の銛のようなものがこちらに向かってくる。銛の尾には縄が結び付けられていて、飛跡を辿るように伸びる。
銛が自船の甲板に落ちる。見ると先端に刃先はついていなかったが、代わりに逆爪が付いている。
敵の水兵が蜘蛛の巣のように広がる縄を手繰る。両船が近づき、ついに舷々(げんげん)が相摩した。