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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
411/609

『ひばり』

千早口ちはやぐちから河内かわちに入った軍は、政長軍に合流したようだ」『ひばり』が飛行艇の前席から、軍共用周波数で報告した。

「了解した。その方面の観測を終えてもいい。ところで、堺の東で衝突が起きているらしい、次はそちらに向かって欲しい」さかい片田商店から指示が来る。

 その指示を伝声管で操縦席に座る銀丸しろがねまるに伝える。

「わかったよ、『ひばり』ちゃん」


 地上の兵士達が烏天狗からすてんぐと呼ぶ飛行艇が左旋回をして、堺に向かう。


「おっ、十一時の方角で、土煙つちけむりが上がってるぞ、けっこう派手にやっているみたいだ」銀丸が言う。『ひばり』がそちらの方を見ると、確かに上空からでも、薄い土煙が見えた。

 堺付近に布陣していた赤松正則まさのりの軍と、紀伊きい国から、根来ねごろ街道を越えてやってきた軍が衝突している。


「こちら、千鳥ちどり二号。堺へ。堺の東、和泉と河内の境の河内側で、軍同士の衝突が起きている。北方は赤松と思われる。南方は、おそらく紀州の軍だろうが、どこの兵かは確認できない」

「こちら堺。南方の軍は、堺に向かっているのか」

「わからない」

「そこから輜重しちょうの車が見えないか。車はどっちの方を向いている」

「上空から見た限りは、北東に向かおうとしていたようだ。たぶん正覚寺しょうがくじの本陣に合流しようとしているんだろう」

「ということは、同士討ちしているということか」

「そういうことになるわね。ここからでは、それ以上のことは分からない」


 片田の指示で、和泉いずみ国の軍は、それぞれ各地の城や拠点で静観せいかんしている。野戦に参加しているのは、赤松と、それ以外の国外から来ている軍しかないはずだった。

 紀州からは、和泉を通過したい、和泉では乱暴を働かない、という旨の念書が幾つも届いている。

 もし、和泉で狼藉ろうぜきを働けば、噴進砲ふんしんほう(MLRS)の餌食えじきになることは、彼等もわかっている。



「監視を続けるか」

「いや、そこの監視のために、もう一機、上にあげることにする。そちらの機は、もうあまり燃料が残っていないだろう。帰還してくれ」

「そうしてくれると助かる」

「『阿賀野あがの』に帰還する前に、『紀の川』河口付近まで行ってみてくれ。紀州の水軍が出ているかもしれない」

「わかった」

 『阿賀野』は二本マストの異形の機帆船で、本来前檣フォアマストがあるところに、火薬式カタパルトの付いた艦だった。

 この時、『阿賀野』は、由良ゆら港から出港して、友ヶ島北方に遊弋ゆうよくしている。




『ひばり』達の飛行艇が、紀州街道に沿って、和泉いずみ山脈を越す。正面が『紀の川』の河口だ。

 みなと何艘なんそうもの船がもやっていた。当時の普通の船より細長く、舷側に盾のようなものが並べられているのが見える。

 後の関船せきぶねの原型のような船だ。ほばしらは一つで、横帆おうはんを張るようだった。上空からは見えなかったが、戦闘に入ると、両舷に八本づつのかいを出して橈漕とうそうする。


「燃料が許す限り、低く降りてみてくれる」『ひばり』が言う。

「わかった、やってみる」と、銀丸。とはいっても、燃料計があるわけではない。飛行時間から大体の見当をつけている。


 高度が低くなると、出港の準備をしているように見えた。食料だろうか樽を船に運びいれている。弓矢を担ぐ者もいるようだ。

 岸から船に向けて渡されている板を行き来し、何人もの男達が船積ふなづみに従事していた。

「どう思う」

「うん、水樽らしき濡れた樽も運び入れているから、出港するのは近いな。今日か明日には出港するだろう」銀丸が言う。


 エンジン音に気付いたのか、何人もの男達が飛行艇を見上げている。


『ひばり』が軍船の数を数え始める。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……。これくらいで十隻か、で、そのまとまりが……、六つか、七つかな」

「そんなところだろう」


「堺へ、聞こえるか」『ひばり』が無線機で堺を呼ぶ。

「千鳥二号へ、聞こえる。こちら堺」

「『紀の川』河口で軍船が出航準備をしている。数は六十から七十」

「軍船の規模は」

「ちょっと、待って」『ひばり』がそう言って伝声管越しに銀丸に尋ねる。

「軍船の規模、わかる。聞かれたんだけど」

「だいたい全長二十メートル。二百石にひゃくこく級だと思う。瀬戸の関所で税を集める船だ」

「ありがとう」そういって、『ひばり』が銀丸に言われたとおり、堺に報告する。

「いつ頃出航しそうか、わかるか」

「濡れた水樽を積んでいるように見える。出航は近いだろう」

「わかった、よくやった。『阿賀野』に帰投きとうせよ」

「承知した。『阿賀野』に帰投する」




 飛行艇、千鳥二号が、母艦『阿賀野』の脇に着水した。クレーンが横に首を振り、かぎを降ろしてくる。

 連絡艇が寄って来て、釣り鉤からぶらさがる縄を『ひばり』に渡す。『ひばり』が縄の端を銀丸に投げる。

 操縦席から機体の上面にあがった銀丸が、片手で受け取った縄を引き、釣り鉤を引き寄せ、エンジン上面の輪に引っかける。


 飛行艇が海水をしたたらせながらり上がり、カタパルト上に固定された。


銀丸と『ひばり』が飛行艇から降りる。


『ひばり』は十二、三歳くらいの、小柄こがらな娘だった。彼らの飛行艇はまだ非力だったので、航続距離を稼ぐためには搭乗者の体重が軽い方がいい。

 そこで、認識能力、言語能力の試験に合格した若い女性や子供が訓練を経て観測員兼通信員に採用されていた。

 戦場に出るのではあるが、上空から偵察するだけで、実際の戦闘に参加するわけではない。


『ひばり』も、そのような課程かていを経て採用された。飛行帽と眼鏡を外す。まだ、すこし幼さが残る短髪の少女だった。


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