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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
407/613

静観する大和

 一人のおきなと、それに従う者四人が、山道を登っている。翁の歳は六十ばかりか、そうとう鍛えた体を持っているが、それでも、この歳で山道はきつい。


播磨守はりまのかみのやつめ、とんでもない城をこしらえようとしている」


そう言った翁は越智おち家栄いえひで、播磨守とは十市とおち遠清とおききょのことだ。

 先月に二人が面会したときには、寺川沿いの、十市城で面会していた。片田がよくかよっていた城で、奈良盆地にある。

『十市城の戦い』の舞台になった城だった。


 ところが、今日は“築城の指図さしずがあるので、すまぬが龍王山りゅうおうざんまで来てくれ”と十市城に伝言があった。


“わしの高取城たかとりじょうと同じか、もしかすると、それ以上の城になるかもしれん”口には出さなかったが、そう思った。


 片田の恩恵にもっともよくしたのは、十市遠清だった。


最初は硫安りゅうあん草木灰くさきばいだった。これによって、米の収穫が二倍になった。

 二倍の土地を手に入れたのと同じことだ。土地を得るにはいくさをしなければならないが、肥料を与えるだけで収穫が二倍になるというのだから驚く。


 次は、倉橋くらはし溜池ためいけだった。これにより、大和川沿いの田畑は、ひでりの害に悩まされることがなくなった。


 十市の米は、飢饉ききんのたびに高値たかねで取引されていった。


 さらに、片田村の市場では干しシイタケや肥料、紙などが大量に取引された。ここからあがる税収も大きかった。


 加えて、十市の領地は大和盆地の南東にある。『応仁の乱』の影響も少なかった。


 こうして手に入れた資金で、十市遠清は奈良盆地の東にそびえる龍王山りゅうおうさん山城やまじろを建設することにした。


 尾根おねに出る。尾根の左側は、尾根を削って堀切ほりきりを作っている最中らしい。十市遠清が家栄を迎えた。


「いやあ、すまなかったの。これが本当のご足労そくろうじゃ」遠清が言った。

「何言ってんだ。この程度大したことではない。わしの城も山の上じゃから、いつもの事じゃ」家栄が言う。




「で、どうだった」遠清が尋ねる。

「うむ、高屋城たかやじょうのおやかた様が起請文きしょうもんを出された。興福寺こうふくじ御台所みだいどころ様にじゃ。興福寺宛ては、今わしが持っている。これじゃ」

 越智家栄が、そういって、背負っていたおいから護符ごふを取り出す。

 熊野牛王符くまのごおうふというものだ。神社や仏閣が発行する厄除やくよけの護符である。

 この護符の裏に契約などの約束事項を墨書ぼくしょして、神仏に誓って守るとすることを起請文という。


 前月、興福寺の尋尊じんそんさんが、高屋城の畠山義豊よしとよに、もし今後一切大和やまと国に侵攻しない、と神仏に誓うのであれば、大和国人は、このたびの将軍の河内征伐に参加しない、そう伝えた。


 それに対する義豊の回答が、この起請文だった。


大和の国人の一部にとっては、高屋城の畠山義就は長年の仇敵きゅうてきであった。何度も侵略を繰り返されている。それを、二度とやらないというのであれば、協力してもよい、としたのだった。


 大和の国人達にしてみれば、幕府に協力すれば、長年の敵が除かれるのであるから、望むところだった。

 それなのに、義豊と上記の交渉した理由はなんだったのだろう。




 半月ほど前。

 幕府による参陣の要請と同時期に、大乗院の尋尊じんそんが大和の国人達を興福寺に集めた。この頃、大和国の状況は比較的おだやかだったので、皆尋尊の呼びかけに応じた。

そして、このたびの幕府の要請に対して、大和からは参陣しないことにしたいが、どうであろうか、と持ち掛けた。


「くわしいことは、言えぬがな」

「高屋城に味方するのは、いいのか」越智家栄が尋ねる。

「それは、かまわぬ」

「理由が聞きたい」

「いずれ、時が来ればわかる。ともかく、いまは言えぬ」

「しかし、高屋の畠山を滅ぼす、よい機会ではないか」

「たしかに、義就よしひろには再三煮を飲まされてきた。そこでじゃ、この機会に、高屋城の弾正だんじょうから、二度と大和に攻め入らぬ、という起請文を取り付けようではないか」

「畠山が、起請文なんぞ、守ると思うのか」

「先代だったら、そうであろうが、今の当主は、信心深いと聞く」

いくさに行かずに済み、畠山からも約束をとりつけられるのならば、それが一番良い方法にも思われるが」

「尋尊さんを信じてみるか」

「ああ、そうだな」

「おおかた話がまとまって、ありがたい。しかし、どうしても参陣したいということであれば、めはせぬが、火傷やけどをするかもしれぬぞ」

 それだけ言い捨てて、尋尊が奥に下がった。


 残された国人達が、今のはどういうことだ、とざわめいた。


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