新世界発見!
「おっ、こりゃあたいしたもんだ」金太郎が雌穂を間引いたトウモロコシの皮を剥いて言った。
「どれどれ、ほんとだ。また、大きくなったもんだな」熊五郎が同意する。
金太郎の手の中には、間引かなかったものに比べて、二倍程もあるトウモロコシがあった。
「ちょっと、端の方を食ってみるか」そういって、爪で一粒掻き出す。
「うんっ、こりゃあ乙なもんだ。生でもいけるぞ」
「どれどれ」そういって、熊五郎も一粒口にいれる。
「たしかに、甘いな」
「これ、米十にも、持って行ってやるか。最近あいつ、ふてくされているからな」
「そうだな。これ食えば、少しは機嫌がよくなるだろ」
一四九二年の八月だった。
スペイン南部の都市、サンタフェ。この時期スペインの首都はレコンキスタの進行に伴い、よく移動しているが、この年の八月には、まだサンタフェにカトリック両王がいただろう。
この町は、元は軍事キャンプだった。スペインのイスラム朝最後の都であったグラナダのアルハンブラ宮殿を攻略するための拠点として設営された。
ここで、この年の一月にグラナダ王国最後のイスラム君主がカトリック両王にアルハンブラ宮殿の鍵を渡したとされている。
さらに、三月にはコロンブスと両王が大西洋探検の契約を交わしている。
「教皇が亡くなられたそうだ」フェルナンドが手紙を読みながら、イサベラに言った。この教皇はインノケンティウス八世のことだ。七月二十五日の夜遅く、ひっそりと亡くなっている。
「まあ、教皇が。お気の毒に」イサベラが言う。
「で、ロドリゴが、今度は何としても教皇になるんだから金を送れ、と言って来ている」
「ロドリゴ・ボルヘが教皇になってくれると、いろいろ助かるわね」
ロドリゴ・ボルヘとは、イタリア語で言うとロドリーゴ・ボルジアである。次の教皇アレクサンデル六世になる男だ。
チェザーレ・ボルジアやルクレツィア・ボルジアの父親である、というほうが通りがいいかもしれない。歴代ローマ教皇のなかでも最右翼の『なまぐさ坊主』だ。
バレンシア出身のスペイン人だった。聖職についたのが、幾つの時だか、わからないが、十四歳で枢機卿に任命されている。これは彼の叔父が、やはり枢機卿だったからだ。
以来、仕事にはげんだが、子作りにもはげみ、十人以上の私生児が数えられる。
齢六十一歳になる。
フェルナンドとイサベラは従兄弟同士だったが、この婚姻を教会が認めるか否かの判断をまかされたのがロドリゴだった。彼は二人の結婚を許可する。
その後、いざこざもあったが、二人にしてみれば、仲人のようなものであり、恩を感じている。
「ロドリゴ、教皇になれそうなの」
「さて、どうだろう。今回の教皇選挙会議の候補者は三人だそうだ」
「三人」
「ああ、ミラノのアスカニオ・スフォルツァ、ジェノヴァのジュリアーノ・デラ・ローヴェレ、そしてスペインのロドリゴ・ボルヘだ」
「ジェノバのデラ・ローヴェレは、フランスのシャルルが支持していたのではなかったかしら」
「そうだ。やつはナポリをねらっている」シャルル八世のことである。この翌々年に第一次イタリア戦争を起こして、ナポリを占領する男だ。
「それは、よくないわね」
この時期のナポリとシチリアは、スペインの前身であったアラゴン以来の支配地だった。
「そうだ、だからロドリゴを支援しなければならない」
「そうね。スペイン人が教皇だと、なにかと都合がいいし」
「ん。どういうことだ」
「あの男よ。コロンブス。彼が西の海で島かなにかを見つけた時、ロドリゴが教皇だと、いいでしょう」
「ああ、そういうことか」
「いまごろ、カナリア諸島あたりにいるのかしら」
それから、二か月経った十月七日の午後。サンタ・マリア号の甲板に立つ男達が北の空から無数の渡り鳥やってくるのを見る。群れは南西に向かって飛んでいった。
これまで、三十日以上、西に向けて航海してきた。船員達には不安が広がっている。西への航海を続けることが難しくなっていた。
そこで、コロンブスは鳥が飛んでいく方向、南西に陸地があるかもしれないと言い、そちらに針路を変更した。ポルトガル人たちのやり方を真似したのだ。
彼らが見たのは、北アメリカ東部から飛来し、西インド諸島に向かう秋の渡り鳥の最初の群れだった。
その日以来、幾つもの鳥の群れが、やってきては、南西に去っていく。
夜間でも月明かりを頼りに飛んでいるらしく、甲板上で無数の羽音が重なる音が聞こえた。
十月十一日になった。海面に木の枝や緑の葉、鮮やかな花がたくさん流れているのを船員が見つける。陸が近いことを示していた。
同行するピンタ号の船員が鉄器で細工したとみられる棒きれや板を見つける。やはり同行するニーニャ号もツタがからみついた枝を見つけた。
その日の夜になる。
船尾楼に立つコロンブスが、前方に小さな炎を見たような気がした。同行するペドロに方向を示すと、彼も見えるといった。
だが、船乗りはこのような幻視をよくみることがある。このときコロンブスは火を見たことを黙っていた。
それが夜の十時だった。
コロンブスは船尾楼の当直に、しっかり監視するように、といって船内に降りる。
船室では夜の祈りの最後の部分だった。サルベ・レジナというラテン語の聖歌を、みなで歌っている。『マリア様万歳』、というようなタイトルである。
ラテン語なんぞ、知ったことかという船乗りたちが、思い思いに、がなっている。
「♪ …… O clemens, o Pia, O Dulcis Virgo Maria. ♪」
(おお慈悲深い、おお敬虔、おお優しい聖母マリアよ。) Google翻訳
歌が終わる。当直以外の者は、あとは寝るだけだった。
彼らは当然知らないが、その時、彼等の船団は西インド諸島北部をかすめて、かなり奥まで入りこんでいた。経度で言うと、キューバ島の東端あたりまで進入している。
もし、もう少し南の経路をとっていたら、もっと前に西インド諸島にたどり着いていたであろう。
満月は十月五日だった。なので今は『下弦の月』である。その日の『月の出』は夜十一時ごろだった。
翌日に入った午前二時頃。ピンタ号の見張り番、ロドリゴ・デ・トリアーナが月明かりの向こうに、白い峰のような輝きを見た。
「陸だ!陸だ!陸だぞう!」
見張りの声を聞いたピンタ号のマルティン・アロンソ・ピンソン船長が、島影を確認し、祝砲をぶっぱなして、帆をたたむ。
暗いうちに、島に接近しすぎると、サンゴ礁に座礁する可能性があった。
彼らがたどり着いたのは、キューバ島の北東にあるサン・サルバドル島だ。