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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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フウとイヌマル号

「村の衆が竜筒りゅうづつを作ってほしい、と言っておる」好胤が言った。

「竜筒って、勝手のポンプのことですか」

「その、水を汲むやつじゃ、十本ほど作ってくれないかと言っておる」

 十本!節を抜くのが面倒なのを思い出した。

「作るのはいいんですが、十本は多いですね」

「代は出すと言っている。一本あたり一貫でどうだと言ってきた」

「一貫って、いくらぐらいですか」

「一貫は千文じゃ。米ならば時によるが、三俵から四俵ぐらいだ」

 片田の時代、米一俵が十二円くらいだったから、一貫が四十円程になる計算だ。十本も作ったら結構な額だな、片田は思った。現代だったら一貫が七万円前後である。片田はやることにした。


「まず、一本作って、試してもらうことにします。材料の竹三本と鍋蓋なべぶた、ムシロ1枚、荒縄一巻は村の方で用意する。道具が使える子供を一人、手伝いに寄越よこしてください。あと向こう岸の水車を、空いている時に使わせてほしい。この約定で良ければ、一貫で作ります」

「分かった。そう村の衆に言ってみよう」


 竹が三本になったのは、売り物にするのであれば、三脚の部分などきちんとしなければいけないと思ったからだ。それに改良もしてみたい。

 水車は、動力が欲しかったから条件にした。やってみたいことが幾つかあった。

 それにしても小さなとびの村が十貫もの銭を出せるのだろうか、片田は思った。




 片田が印を付けて指定した竹三本と鍋蓋などが到着した。片田はそれらを河原に移動し、前と同じように、上五メートルほどの部分を切り落とし、割いておいた。後は手伝いの子供だな。


 勝手口を潜り抜け、境内に入ると、『ふう』と犬丸がいた。

「どうした。寺に何か用事か」

「手伝いに来た」

”しまった”片田は思った。確かに子供としか言わなかった。大工仕事をさせるのだから男の子を寄越すのが当たり前だと思っていた。

「道具が使えるのか」

「使える」

「犬丸はなんでいるんだ」

「『ふう』は犬丸の子守が仕事だ。だから連れてきた」

 片田は好胤のところに行き、『ふう』を手伝いに使っても大丈夫なのか尋ねた。大丈夫じゃろうとのことだった。

 道具箱を持って二人と河原に出た。

 木槌きづちのみで、竹の節を抜くのを見せた。木槌があれば『ふう』でも出来るかもしれない。

「できる。やらせてほしい」そう言うので道具を渡した。犬丸が手を出したがるので、『ふう』が叱った。


「犬丸は、枯れ草や木を集めてきてほしい」片田が言った。

 『ふう』は体重が軽いので、竹を押さえつけることが出来ない。そこで竹と平行に、斜めに刃を立てて削り始めたが、竹が安定せずやりにくそうだ。

「分かった」

 片田はそう言って、竹の端を河原の大きな岩の所に持って行って前後方向を固定した。これで竹が前に動くことはない。さらに重い石を幾つか竹の上に載せて竹が動かないようにした。

「やってみろ」

 『ふう』は、節を一つ綺麗に抜いた。こちらを見てうなずく。

「出来そうだな」

 もう一度頷く。犬丸はちょこちょこと歩き回って枯れ木を集めてくる。


 片田は、自分の仕事に取り掛かることにした。筒や鍋蓋の台座を三脚などではなく、それなりに作るつもりだった。また、風車を付ければ手で回し続けなくとも良くなる。三本目の竹は風車の柱と回転筒を作るのに使うつもりだった。風車の高さは三メートル、風車の幅は直径二メートル程もあればいい、と見積もっていた。他にも竹の縁を矩形に刻んだ歯車なども作る。


 『ふう』は黙々とよく働いた。ときどき重しの石をずらしてやる。すべての節を抜いたので、次は回転筒の方もやらせた。こちらは二メートルほどである。

「一番上の節は抜かなくてもよい」

 頷いた。口数の少ない子だ。

 片田が枯れ草に火を点けた。犬丸が寄ってきて一緒に木をくべる。

 片田が竹をあぶって螺旋らせんを作ると、犬丸が「ほぉ」と叫んだ。

 日本人は一五四三年(ゴロ合わせ「以後予算は鉄砲に」)に鉄砲を見るまで、螺旋やネジを知らない。


 『ふう』の作業が終わったので、試運転をすることにした。

 細目の竹を立てて固定軸として河原に固定する。それに風向きに合わせる回転筒を載せ、回転筒に風車と矢羽根を取り付ける。風車は、放射上に取り付けた親指ほどの太さの竹にムシロを切ったものを四枚取り付けてある。


 固定軸の脇に台座を置き、スクリューを載せる。風車と回転筒の中ほどに取り付けた遊び歯車を荒縄で繋げる。遊び歯車は、回転筒と同軸の第二の遊び歯車を回す。第二の遊び歯車とスクリューを荒縄で繋ぐ。鍋蓋も同様に台座に取り付ける。『ふう』はやり方を覚えたいのだろう。片田の仕事を注視した。


 回るかな。


 風が吹いてきて、風車が回る。スクリューから水が噴き出してきた。成功。

「『じょん』、すごい、すごい」

 犬丸はケタケタと笑いながら両手で水を受け、頭からかぶったり、飲んだりしていた。

 『ふう』は目を丸くして、なんで水が出るのだろう、と不思議そうな顔をしていた。


 片田は火箸ひばし焚火たきびで熱した。その火箸を回転軸に押し付けて焦げ目を作る。犬丸が「なに、なに」と尋ねる。

 焦げ目を幾つか付けると、それはカタカナのフウの字になった。火箸を温め直し、その下にイヌマルと焦げ目を入れた。

「フウとイヌマル号だ」

 『ふう』が今日初めて、にこりと笑った。



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― 新着の感想 ―
[一言] まだ導入部ですが大変面白いです、砲兵士官って所がミソですよね。 本人の資質もあるでしょうが「学」があるでしょうから。
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