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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ケツァルコアトル神

「トウモロコシの、一番上だけ残して、全部取っちゃうのか。なんか、もったいないな」米十こめじゅうが言った。彼の肩にはケツァールが止まっている。よほどその場所が気に入ったのだろうか。

 ケツァールの爪が痛いので、米十は肩当てを自作した。


「ああ、片田村の茸丸たけまるとかいう学者が、そう言っているそうだ。犬丸様は、今年は試しにうね一列だけやってみようと言っていた。だから、この一列だけやることにする」金太郎が言う。

「そうなのか」


 トウモロコシを食べたことが無い人はいないとおもうが、トウモロコシがどのように栽培されているのか、知っているだろうか。


 トウモロコシはイネ科の植物で、一本のくきが二メートル程の大きさに育つ。葉は三十センチごとくらいの間隔でたがちがいに茎から生えている。葉と茎の間に幾つものが生えて来る。穂には雄穂ゆうすい雌穂しすいがあって、雌穂が大きくなりトウモロコシになる。雄穂の方は受粉を終えると、害虫がつくので、摘果てきかしてしまう。

 人類は中米で、九千年前からトウモロコシを栽培していたらしい。


 茸丸は、受粉じゅふんが済んで膨らみ始めた雌穂を、一番上の物だけ残し、他のすべてを取り除くことにより、大きくて、おいしいトウモロコシが出来上がる、と短波無線で言ってきた。

 彼の方法は、現在の一般的なトウモロコシの栽培方法と同じだった。高さ二メートルにもなる草一本から、トウモロコシを一つしか採らないのである。ありがたく、いただかなくてはいけない。

 なお、間引まびきした幼い雌穂は、ベビーコーンとして水煮みずになどして利用される。


 そう言われても、食料の確保は重要だ。なので、犬丸は一部だけ茸丸が言う通りにしてみることにした、というわけだ。

 トウモロコシは野菜の中でも吸肥力きゅうひりょくが強いといわれている。彼らの尿素にょうそ草木灰くさきばいの効果は絶大だった。


 商館の方からシンガが米十達の方にけてくる。

「おーい、米十。犬丸が呼んでいるぞ」そう叫んだ。

「何の用だ」

「行けば、わかるよ」そういってシンガがニヤニヤ笑う。彼は通訳だったので、米十が呼ばれた理由を知っている。

 犬丸達も簡単な現地の言葉は使えるようになっていたが、村長や聖職者せいしょくしゃとの大事な会見かいけんにはシンガの通訳をはさんだ。誤解があってはいけないからだ。


 米十がシンガと犬丸の執務室しつむしつに入る。ケツァールは、部屋にしつらえた止まり木に移る。

「来ました」

 犬丸が米十を見る。米十が「俺の事を雇ってくれないか」と言ってきたときのことを思い出す。夕暮れのさかいの港。道端に置いた机に赤トンボがとまっていた。あのときは、変な若者だとしか思わなかったが、とんでもないけ方をしたもんだ。


「米十、今日から外で野良仕事のらしごとをすることを禁じる」犬丸が言った。

「はい。なんでですか」

「ここの聖職者が苦情くじょうを言ってきた」聖職者と書いたのは、王に仕える神官などではない、というくらいの意味だ。村の寺に住む住職じゅうしょくみたいなものだと思ってほしい。

「俺が働くと、文句が出てくるのか」

「ああ、そうだ。お前は土地の神、ケツァルコアトルが宿っている、と見られている。それを働かせるとは何事だ、と言ってきた」

「それは、こまったね」

「ああ、困った」

「で、堺に返されるのか。ここにいるだけだったら、無駄飯むだめし食いになるだけだ」

「それで、だ。普段は商館の中にいて、この土地の言葉を学べ。シンガがローマ字を使って辞書を書き始めている。それを手伝ったりして、言葉を学ぶんだ」

 ローマ字は、片田が中米に来る船中で、シンガに教えていた。シンガがこの先に行く様々な国の言葉を文字にするのに使えるだろうと思ったからだ。

『ひらがな』でもよかったが、現地の人々が文字を持っていない場合には、アルファベットの方が学習しやすいと考えた。

安宅丸あたかまるが、アフリカの南端に達したといってきた。来年あたりからはシンガが必要になるそうだ。なので、この土地の言葉に通じた者が必要になる。ちょうどよい」


「それで、いいのか」

「そうするしか、あるまい。村人に売った尿素と草木灰は、農耕神ケツァルコアトル様のめぐみだ、とまで言われているのだからな」ケツァルコアトルとは米十に乗り移ったとされる現地の神のことだ。

彼らの神様を働かせているのだから、苦情がくるに決まっている。


「神様が、彼らの言葉を覚えれば、さぞ喜ぶだろう」

「まあ、そうだろうね」米十は居心地いごこちが悪そうだった。


「それと、晴れている日には、商館の庭に出て、一時間程散歩をしてほしい」

「どういうことだ」

「人々が、お前と鳥を見たいのだそうだ」

「それ、俺がやるのか」米十の顔が、真っ赤になった。

「そうだ。皆それを望んでいる、聖職者がそう言っていた」




 本人は居心地が悪かったが、犬丸達にとって良いこともあった。パナマから北の海に行く鉄道の建設は、地元じもとの人々にゆるされた。蒸気機関車がなんだかは、知らないが、神様が言うんだから、きっと良い事だろう。


 尿素と草木灰も、よく売れた。日本や他の土地では、土に変なものを混ぜるのは、よくないのではないかと、初めのうちはずいぶんと警戒けいかいされたものだった。

 ただ、彼らが肥料と交換に持ってくる物は、地元の農産物や魚が多かった。


 ケツァールと肥料が評判になり、山地の民が取引に現れるようにもなった。彼らは金や銀、そしてジャガイモを持ってきた。帰る前には、必ず商館によって、米十の御尊顔ごそんがんと、彼のケツァールをあおいでゆく。


 米十自身は、不自由なことになるが、当分我慢して神様をやってもらうしかなかった。



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