ダイオードとトランジスタ
机の上にドングリくらいの大きさのものが四つ置かれている。一つは両端から銅線が伸びている。残りの三つは、さらに真ん中、ドングリの腹のあたりからも銅線が伸びていた。銅線二本のやつを石英丸が摘み上げ、手元に持ってくる。よく見ると右半分に赤い塗料が塗られていた。
ドングリのようなものはケイ素の結晶だ。塗料の塗られた赤い側半分が『p型半導体』、反対側が『n型半導体』になっている。
「やってみようか」
「そうだな」片田が言った。
石英丸が赤い紙を巻いた銅線と黒い紙を巻いた銅線を左右の手に持つ。先端には鉄製の箸のようなものが付いている。
赤い線を赤く塗られた側の銅線に、黒い線をそうでない側の銅線に付ける。電池脇に置いてある豆電球が灯る。
「電気が通じているね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、反対側を試そう」そういって、赤線と黒線を持ち変える。今度は、豆電球は点かなかった。
「うまくいったようだね、たしかにダイオードになっている」
「ラジオで試してみるか」
ラジオとは、短波無線機の受信部分のみの事を言う。最近では受信確認の鈴の音の代わりに、様々な芸能番組が無線放送されている。
「やってみよう」石英丸がラジオを机の上に置き、検波用の二極管を引き抜く。端子に可変抵抗器とドングリを直列につなげ、抵抗を最大にして、ラジオの電源を入れた。球が暖まってきたところで、少しずつ抵抗器の抵抗値を下げてゆく。微かだった音が少しずつ聞こえて来た。
「……〽時雨を急ぐ紅葉狩、時雨を急ぐ紅葉狩、深き山路を尋ねん。……」
番組は能の『紅葉狩』の素謡のようだ。観世信光の最近のヒット作だ。華やかな展開で人気を集めている。
「いけるね。トランジスタの方もやってみよう」と、石英丸が言って、ラジオの電源を落とす。
今度は三本足の方を手前に持ってきた。左右の銅線が付けられた部分は『n型半導体』になっていて、中心の線が出ているところに薄い『p型半導体』の層がある。
層の厚みで三種類作ってみた。
両端をダイオードと同じ要領で豆電球の付いた回路に接続する。電球は光らない。
この回路に、さらに電池の陰極側から可変抵抗器と豆電球を直列につなげ、電球のもう一方の側をドングリの真ん中から伸びた線につなげた。
「いくよ」
石英丸が可変抵抗器を操作すると、隣の豆電球が微かに灯る。一方で最初の豆電球が煌々(こうこう)と輝いた。増幅が出来た。
「すごい。こんな小さな石で三極菅と同じ働きをするんだ」石英丸が感心する。
「そうだ。これがあれば、電気回路を小さくできるし、消費電力も少なくなる。トランジスタというんだ」
二人が『p型半導体』の層厚が異なる三つを試す。一番薄いものが、増幅効率が良さそうだった。
「これも、ラジオに付けてみるか」
「やってみよう」
石英丸がラジオの三極菅を抜き、ダイオードと同じ要領で接続した。
「〽たちまち鬼神を、従へ給ふ、威勢の程こそ、おそろしけれ。……トン」
トンというのはワキの足踏みの音だ。ついで番組司会者の声がする。
「観世信光作の『紅葉狩』をお楽しみいただきました。続いては気象実況と、正午の時報になります」
まだ、気象予報は発明されていないようだ。
「こっちもうまくいった」
「ああ、初回で成功するとはたいしたもんだ」
「これを使えば、無線機が小さくできるし、たぶん壊れにくくもなる。すごいぞ」
「実は、この半導体はもっと小さくできるんだ」
「小さくできるのか、どれくらい小さくできるんだ」
「さて、どれくらいまで小さくできるか、それは知らないが、私が見た物はずいぶんと集積されたものだった」
片田が見たと言っているのはTTLである。トランジスター・トランジスター・ロジックのことだ。PDPコンピューターの中に入っている。現代の集積回路では、彼等のドングリを切った面積程度の広さに数百万個の半導体を詰め込むことができる。
しかし、この時の二人はそこまで出来るとは想像もできない。
やがて、石英丸がケイ素の薄板に千度程の高温にしたリンやホウ素を押し付けて半導体を作る方法を思いつく。二酸化ケイ素(石英ガラス)の薄板に小さな穴を幾つも開け、それをケイ素板の上に置き、その上からリンなどを蒸着させた。片田が見たTTLほどの小さい物にすることは出来なかったが、ともかく、集積回路が実用化する




