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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
393/612

着水 (ちゃくすい)

『ならべ』が飛行艇八号機の後席に座っている。高度計の左下にあるネジを回して開く。かすかに空気が抜ける音がして、高度計の針がれいを指す。

“高度計の較正こうせい、よし”

 昇降計しょうこうけいの方は較正の必要はない。針が零を指していることを確認すればいいだけだ。

“昇降計、よし”

“対気速度計、よし。燃料計、よし。方位磁石、よし。時計……、まあ、よし」


 飛行艇の操縦席には、いくつもの計器が置かれるようになっていた。

 高度計と昇降計は、空き缶のような造りで、密閉みっぺいされた缶の天面が薄い金属になっている。上昇して気圧が減少すると、この部分がふくらむ。その膨らみ具合を計器で示すと高度計になる。

 昇降計は、ほぼ同一の構造だが、缶に極めて小さな穴があいている。穴からゆっくり空気が抜けたり、入ったりするので、気圧の変化率を計器で示すことが出来る。それは上下方向の速度を示すことになる

 対気速度計は、飛行艇の正面に向けた管と横に向けた管の圧力差を計ることで、機体の速度を知ることが出来た。

 すべての動翼の動き、尾部の舵も確認した。

 左ひざにひもで留めたチェックリストをすべて確認し終える。『ならべ』が右翼方向に着水している鉄丸くろがねまる機に向かって、チェックが終わったことを無線で報告した。

 無線機も搭載されている。


『ならべ』がチェックリストをめくり、飛行計画を確認する。

福良ふくら港を旋回しながら高度二百メートルまで上昇

・二百メートルに達したら、針路を南東にして、六百メートルまで上昇。目標は沼島ぬしま

・紀伊水道の海岸線に出たら、針路を西北西にして淡路島の南海岸線沿いを飛行。

・友ヶ島水道まで、高度を徐々に下げて、水道に到着したときには、高度三百メートル。

・左に旋回して針路三百三十度。

・着水経路に入ったら、フラップ十度。降下率百五十メートル毎分で降下。

  ◎注意! 高度は操縦桿ではなく、絞弁スロットルで修正。

・着水したら、三番船渠ドック脇に係留。


 『ならべ』は福良港上空での単独飛行は何回も経験していたが、福良から遠隔地に飛ぶのは初めてだった。

『ならべ』が操縦する飛行艇八号を、由良の造船所まで運び、帰りは鉄丸が操縦する飛行艇の前席に乗る。


 いま、由良の三番船渠では、ほばしら主檣しゅしょう後檣こうしょうの二本しかない、異形いぎょう機帆船きはんせんを建造している。

 前檣ぜんしょうのあるべきところには、カタパルトとクレーンが置かれる予定だった。

 この艦は飛行艇母艦ぼかんになる。火薬を使用して、カタパルトから飛行艇を発射し、クレーンを使って海上から回収することが出来る艦として設計された。

 飛行艇を射出しゃしゅつするときには帆を用いず、エンジンのみを使用して風上に全速力で航行することになる。推進にはスクリューを使用している。

 飛行艇八号は、その母艦で試験機として使用される。


 鉄丸が、彼の飛行艇を加速させて離陸する。『ならべ』もその後を追って離陸した。湾上で左旋回して予定高度まで上昇する。

かあちゃんが、仁王立におうだちして快笑かいしょうしたのも、今ならば分かる”

 この爽快そうかいさは、何物にも代えがたい。


 正面に沼島を望んで、さらに上昇する。南淡路の低い山を越して海岸線に出た時には、高度計が六百メートルを指していた。前を行く鉄丸機が左旋回する。

 立冬りっとうの風は冷たかった。低い太陽が正面に回って来るとまぶしい。正面を見ず、左舷さげん下方の海岸線に目をらす。


「降下を始める時は、合図する。それまでは六百のまま」鉄丸の声が受聴器ヘッドホンから聞こえる。

「わかったわ」


 左は淡路の山々が連なり、右は海で、その先に紀伊半島の山並みがかすんで見えた。沼島は、はるか右後方に去っている。


 淡路島と友ヶ島の間の水道が見えて来た。

「降下を始める。速度に注意。接近しそうだったら、絞弁スロットルで調整して」鉄丸がそう言った。


 五百……四百……三百。水平飛行に戻す。友ヶ島水道が急に広がった。

「俺の後を追って左旋回」鉄丸機が左旋回する。その後を追う。

「絞弁をしぼって、時速百二十キロメートルになったら、『下げ翼フラップ』十度。機体が浮くけれど、落ち着いて絞弁で調整」

「わかってる」

 正面に由良と、その右に海岸線と並行に延びる成ヶ島なるがしまが伸びていて、水道になっている。その奥に港が見えた。

 前を飛ぶ鉄丸機が上昇する。ここからは『ならべ』が先頭に立ち、鉄丸は後方で『ならべ』の着水を見守る。不都合があれば、無線で指示してくれる。



 フラップを下げる。機体が浮き上がる。大丈夫、そう言い聞かせてスロットルを絞る。昇降計を見ながら、降下率を百五十メートルに近づける。

 なかなか海面が近づかない。ちょっと高度が高いのかな。どんどん水道の奥に進む。友ヶ島の北端にある小山が迫る。


「『ならべ』っ、加速だ。奥に入りすぎた」鉄丸が言った。スロットルを最大に開く。高度を上げて小山の右に延びる砂浜をやりすごす。


「やりなおす。右回りで針路南」

「はい、そうね」

「やりなおしは、恥ずかしくない。事故を起こしたらそれまでだ。何度やりなおしてもいいんだから、気をとりなおしていこう」

「わかったわ」


 もう一度進入路に入る。フラップを降ろして、降下速度を調整する。先ほどより少し手前から侵入した。


 水面が近づいてくる。操縦桿をわずかに引いて、降下速度をゆるやかにする。次の瞬間に機体が水面をとらえる。機体が跳ねた。

「もう、『下げ翼フラップ』を上げてもいいよ」鉄丸が言った。

 フラップを上げ、スロットルを手前一杯に引いた。


 右隣りに鉄丸が着水する。

「『ならべ』姉さん、やったね」鉄丸がそう言った。地上に降りれば、『ならべ』の方が一つ年上だった。鉄丸が『ならべ』の方になわを投げる。

「ここからは、俺が曳航えいこうするよ」


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― 新着の感想 ―
凄すぎる! もう飛行どころか計器の原初を投入して計器飛行してる!
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