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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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大空の魔力 (おおぞら の まりょく)

 初の有人動力飛行は、早朝の風がおだやかな時間帯に行うことになった。夜明け前に機体が鍛冶丸かじまるの研究所から引き出され、浜に到着する。主翼は浜で取り付けられた。

 エンジンはV型四気筒の焼玉エンジンで、試験では吸気弁全開で百二十馬力以上の出力が得られた。


「次のエンジンは、点火栓てんかせん式に出来ると思うが、今回はこれで我慢してくれ」鍛冶丸が『かぞえ』に言う。始動時の手順が面倒だと『かぞえ』が言っていたからだ。確かに四気筒もあると、最後の焼玉を焼いている時には、初めの焼玉が冷めてしまう。なので、四つ集めて焼くのだが、今度はそれぞれを燃焼室にいれるのに、火箸ひばしや『やっとこ』などの道具が必要になる。

 うっかり焼玉を主翼に落とし、翼の帆布がげてしまったことがあった。


 機体は磨かれた松材で出来ていて、内部のはりには軽い桐を使用した。主翼も松材と帆布、それに針金はりがねで出来ている。


「じゃあ、エンジンをかけるか」鍛冶丸が言う。脚立きゃたつに載せたモーターにシャフトをつなげ、機首の側からエンジン軸に接続する。人力ではクランクを使ってもエンジン始動が難しくなっていた。

「いくぞ」そういって、モーターを回す。エンジンが数回せき込みながら回転を始めた。

 黒い煙を数回吐き出して、始動する。あたりにガソリンの臭いが漂う。

 ポンッ、ポンッという音を出していたエンジンが、ポ、ポ、ポ、ポ、という速い速度になった。焼玉といっても気筒数が増えるとエンジン音は『のどか』とは言えない。プロペラが風を切る音も加わる。


 操縦席に座る鉄丸くろがねまるが、少しスロットルを開くと、回転がさらに速くなる。

「大丈夫そうだね」鉄丸が言って、スロットルを戻す。彼は航空眼鏡ゴーグルを付けている。前回の水上滑走試験の時、高速になると空気や水滴、ちりなどで前が見えにくくなった。そこで航空眼鏡なるものを作ってみた。


 男達が十人程で、機体を海の側に向ける。座席は前後に二つあって、後ろが操縦席だ。前席は、なぜあるのか。


そこは『かぞえ』の席だった。


着物の上からはかまいた『かぞえ』が前席に乗り込む。航空眼鏡も付けている。

「いいわよ」『かぞえ』が得意そうに言った。男達が機体を海に押し出す。砂浜を引きずられていた機体が水に浮く。


“空を飛ぶ、というのもこんな感じかしら”


 鉄丸がエンジンの回転を少し早くすると、機体が浜から離れる。座席右側にある棒を引き上げて水平にし、右膝みぎひざの上に乗せる。こうすることにより、船尾にある小さな舵が水中に降りる。舵は両足を乗せるペダルと連動しているので、左右に方向を変えることが出来る。

 舵の必要が無くなれば、右膝を外してやると、自動的に棒が下がり、舵が格納される。

 鉄丸が舵のきを試す。機体がわずかに左右に振れる。方向舵が連動することも確認した。次は昇降しょうこう舵を試す。操縦桿を前後すると、きしるような音がして、水平尾翼の先で昇降舵が上下した。左右のエルロンも確かめた。

 最後に機首に立てられた小さな棒の先についた吹き流しを見る。向かい風だったが、今日の風は弱い。


「じゃあ、いくよ『かぞえ』さん」鉄丸がそう言って、機首を左に向け、機体を海岸線と並行にする。

「いいわよ」『かぞえ』が前に向かって叫んだ。


 スロットルを全開まで開く。ここまでは水上滑走時に試験済みだ。機体が加速していく。さらに速度が上がってくると、まりが跳ねるように、機体が水面と空中の間を行ったり来たりする。


 そして、フワリッ、と浮かんだ。“やった”鉄丸が叫ぶ。


『かぞえ』も“やった”と叫んだが、彼女の方は鉄丸どころではなかった。その瞬間、心臓が手荒につかまれたのではないか、それほどの衝撃だった。

 エンジン音も風の音も聞こえなかった。『かぞえ』は音の無い世界で、太陽の光に包まれて浮遊していた。

“なんて、すごいの。なんて、すごいの”声に出して叫んだ。


 これまでの数多あまたの実験、何日も夜なべで『ならべ』とやった計算、頭を絞るようにして立てた仮説と検証。それが目の前で実現した。


 鉄丸がスロットルを絞って機体を着水させる。音が戻ってきた。波に手荒にさぶられるのって、なんて不愉快なんだろう。『かぞえ』が思った。鉄丸は予定通りにやっているのだ。離水を確認したら、ただちに着水させる。事前に決められていた手順だった。


 そのまま、浜が湾曲するところまで行って、舵を使って百八十度旋回し、もう一度離水を試みる。今日の試験はそれを繰り返す予定だった。エルロンなどの舵の試験は後日の予定だ。ひとつひとつ試験して問題があれば修正して次の試験に臨む。

 航空は命にかかわるので、慎重に進めなければならない。それはみんなの合意事項だった。


 予定航路の端で鉄丸が舵を使って機体を旋回させる。『かぞえ』が前席から身を乗り出して、後席の鉄丸に言った。

「ねえ、鉄丸てつまる、次の飛行で、エルロン試してみない」

「えっ、でも今日は直線の離着水の試験だけですよね」

「そうなんだけど、距離が短くて、すぐに着水しちゃうでしょ。なので、左旋回して湾を一周してみましょう」


 プロペラが後ろから見たときに右回転するために、この機体は左に旋回しやすい。そのことを『かぞえ』は知っていた。なので、操縦桿から手を放すだけでも、左旋回を始める。あまり傾斜させなければ、ゆっくりと湾を回って、もとの浜に戻れるだろう。

「やってみてもいいんですか。戻ったらみんなに怒られるんじゃ……」鉄丸がしぶる。

「大丈夫、わたしが許すわ。こんなことするの、今日だけだから」そう言う『かぞえ』の目に狂気が宿やどる。

「じゃあ、一回だけですよ」


 鉄丸がスロットルを開く。機体が遠くに見える煙島けむりじまと、その手前の砂州に向かって加速し、離水する。そこでスロットルをしぼって着水する予定だった飛行艇が加速を続けて高度を上げる。


「ありゃ、どうなっているんだ。着水するんじゃないのか」

「これ、予定にない動きよね」

「兄ちゃんどうしたんだろ」


 機体が煙島より高い高度まで上昇して島をかすめ、左にゆるやかに旋回をはじめる。どうやら湾を一周するつもりらしい。浜に立つ『ならべ』達からも、前席で手摺てすりつかんで仁王におう立ちする『かぞえ』の姿が見えた。高笑たかわらいしているようだ。


「なにやってるのよ、母ちゃん」『ならべ』がぼやく。


 飛行艇は湾を大きく一回りして、『ならべ』達が待つ砂浜に乗り上げた。鍛冶丸が『かぞえ』を怒鳴りまくる。若者達の手本になる立場だろう、とか、万一の事が孫にあったら、責任とれるのか、とか、こっぴどくやられた。

 挙句あげくてに、一月ひとつきの飛行禁止ということになった。


大空には人を引き寄せる魔力があります。

トム・クルーズさんも宮崎駿さんも、これにやられています。


所用で数日お休みします。次回は11月20日(水)を予定しています。


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