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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
391/612

ならべ (並べ)

 福良ふくら港から少し外れた砂浜。背後の山には鍛冶丸かじまるの研究所がある。そこで『かぞえ』達が模型飛行機の実験をしていた。


 模型は、主翼幅が三メートル、全長二メートル程の大きさだった。主翼は複葉といって、大きな翼を二枚持っている。下側の主翼の下に流線形の機体が付く。機体の尾部には垂直、水平尾翼が取り付けられていた。

 機体の主翼より少し前のところに前後する二つの窪みがあって、砂袋が置かれている。搭乗席のつもりだった。二人乗りになるらしい。エンジンは二枚の主翼の間に置かれる予定だった。模型では、その部分に竹籠たけかごが置かれ、石が数個入れられていた。


 機体の下部も、滑らかな流線形である。滑走路はあきらめて、飛行艇にするのだろう。


 翼には、動翼も付いている。尾翼には、昇降舵しょうこうだ方向舵ほうこうだが付いている。主翼にはエルロンとフラップも付いていた。


 浜風を受けて、模型飛行機が中に浮いている。


 機首からは太い綱が伸びていて、砂浜に打たれたくいつながれている。太い綱に並行して、細い幾本もの制御紐が伸びている。その先には鉄丸くろがねまるが立っていて、十字形の棒を持っている。

 棒の各先端に制御紐が結び付けられていて、鉄丸が十字の上の部分を手前に動かすと、模型飛行機の機首が上がり、反対にすると模型が下を向く。左右に捻るとエルロンが動いて、機体がロールする。


 もう一組の制御紐は、フラップに繋がっているが、こちらは普段動かさない。銅丸あかがねまるが持っていた。


 風力計によると、今日の風は秒速三メートルから五メートルくらいだった。凧揚たこあげをするにはちょうど良い風だ。


 仮に秒速五メートルだとすると、時速にすると十八キロメートルだ。これが五倍になると九十キロメートル、『じょん』が言っていた離陸速度に近くなる。そのとき、揚力が何倍になるか、『かぞえ』は既に計算式を持っていた。風速が五倍になると、揚力は二十五倍になる。風速の二乗に比例する。

 一方で、翼の面積の効果は一乗だった。面積が二倍になっても、揚力は二倍にしかならない。

 これらは模型飛行機の実験を繰り返して獲得した知識だった。


「今、三メートルに下がった」風力計の前で風速を観察している銀丸しろがねまるが言う。模型の高度が下がってきた。

銅丸どうまる、フラップ十度に下げてみようか」『かぞえ』が銅丸に言う。その声を聞いた銀丸が風速の読み上げを開始する。銅丸が持っている棒を垂直から三十度程傾ける。

「三.一、……三.一、……三.二、……二.九、……」


 三兄弟とは別に十五歳くらいの娘がいた。その娘が長さ二メートル程の『ものさし』で高度を計って読み上げる。

『かぞえ』が風速と高度の数字を手帳に書き込む。


「高度、一.〇、……〇.三、……着地」娘の声が響く。

「ようし、じゃあ、フラップ二十度」『かぞえ』が銅丸に指示。銅丸が棒を六十度に傾ける。

「着地のまま」

「フラップ三十」言われた銅丸が棒を水平にする。

「離陸、……〇.四、……、一.二……、一.八、……計測不能、……」娘が続けた。

 それを何度も繰り返す。


「ちょうどいい風だったわね。今日はこれくらいにしましょうか」『かぞえ』が言った。フラップによる揚力変化が測定できて満足のようだった。


 模型飛行機を分解して、風速計などと共に浜に立てた仮設の苫屋とまやにしまう。

「『ならべ』、帰ったらフラップの揚力効果を計算してみよう」『かぞえ』が言った。

「はい、かあさん」娘が答える。


 この娘は『かぞえ』の子だった。なんで、『ならべ』という名前がついたのかは、わからない。『並べ』という意味だと『かぞえ』は言う。『数える』ことと『並べる』ことは、同じでしょ、そう言う。


『片田村三美人』と称されている美しい娘だったが、ときどき狐がくのが玉にきずだ、とうわさされている。

 本当に狐が憑いているのではなく、考え事に没頭しているだけなのだが、はたからはそうみえるらしい。

 数学の興味深い問題を見つけると、薄目うすめになり、ブツブツと何かつぶやき、両手の指を細かく動かす。


 数学の能力は母親譲りか、それ以上と言われていた。『かぞえ』が飛行機づくりのために福良に引っ越してきたときに、一緒に連れて来ていた。計算尺を使った計算が速く、それを母親に期待されていた。


『かぞえ』が、揚力効果を計算してみよう、と簡単にいったが、膨大な計算が待っている。


 それは、例えばAと言う数字とBを掛算するときには、計算尺の動尺を動かして、動尺のAの数字を固定尺のBの数字の位置に持っていく、そうしておいて、決められた場所の目盛りを読み取って、転記する。その数字が二数を掛けた数字になっている。転記した数字を使って、次の計算をする。

 その作業の繰り返しである。




『ならべ』は、あまりの計算の多さに閉口へいこうしていた。そこで、最近は電力計算尺を試作しようと考えている。

 円形計算尺と、マルチテスターを組み合わせたようなものだ。

 動尺は液面の上に浮かして、電圧をかけると、その程度によって回転する。この部分はテスターと同じだ。

 計算したい数字のところまで動尺を回転させ、外周に回した可変抵抗器で回転角度を読み取れば、計算が出来る。この部分には水銀を使うので、回転角に合わせた一様な抵抗を得られる。ただし、逆数をどう取り扱うかが難しい。


 この仕組みは、鉄丸達のラジコン船の舵の仕組みを参考にした。


 もし、どうにかしてうまくいったら、これを多段に積み上げれば、一連の計算を一度に行えるはずだ、『ならべ』はそう思っていた。一段目の出力は電流で得られるのだから、二段目の入力に使える。それを繰り返せばいい。電源や電流計、可変抵抗器は、鍛冶丸の研究所にいくらでもあった。

 いまのところは、うまくいっても掛け算しかできない。どうやって拡張しようか。


 もちろん、これを考えている時には、傍から見れば、狐が憑いているように見える。


彼女たちが作ろうとしている複葉飛行艇のモデルについて。


二人乗り:F.B.A. Type H イスパノ・スイザ 8Aa 150馬力

一人乗り:マッキ M.5 Isotta Fraschini V.4B 160馬力


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― 新着の感想 ―
どの方向から計算機が派生するやら。 かぞえ、ならべ母娘が堅実ですが逆数はラチェットでは無理そうですね。
なるほど、半導体方面からではなく階差機関方面からコンピューターへ繋げるんですね
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