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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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暗車丸 (あんしゃまる)

 鍛冶丸かじまると『かぞえ』に見向きもされなかった半導体について、片田が堺の石英丸せきえいまる達のところに持ち込んだ。

「うん、珪素けいそをつくるには、塩化アルミと塩化ナトリウムの溶液内で電気分解すればいいんだね。アルミも珪素も大量の電力が必要になるね」石英丸が言った。

「そうだが、鉄のように大量に必要なわけではない」片田が答える。

「中間に出来る物質も、毒性の高い物がある。塩化アルミは有毒だ」

「そうだな」

「じゃあ、アルミと珪素は、淡路島で作ってもらうことにしよう。純粋な珪素からなら、半導体を作るのは難しくない。堺でも作れる。それならどうだろう」と、石英丸。

「わかった、じゃあ珪素の製造については、もう一度鍛冶丸に交渉してみる」片田が譲歩した。


 片田の頭の中での到達点は、現代で見たPDP-11ミニコンピュータだったが、いきなりそこにたどり着けるわけはなかった。そこで、現実的な第一目標として、テレタイプの製造を考えていた。

 テレタイプと短波無線を組み合わせれば、遠隔地間の文書交換が出来る。

 為替かわせや信用取引に使えるだろう。印字した物を片田商店が認証にんしょうすればいいのだ。


 嵐が近づいているらしかった。午前の定時連絡で、博多の気圧が九七〇ミリバールと報告されていた。同地では風雨が非常に強くて、災害の可能性がある、とも警告していた。

 堺でも、だんだん風が強くなってきている。


「それなら、回路のほうは、わたしがやってみるわ」『ふう』が言ってくれた。


 テレタイプとは、どのようなものだろうか。見た目はタイプライターに似ている。アルファベットのしるされたたくさんのボタン列があり、その背後に紙が固定されている。

ボタンを押した時に、選んだ文字が紙に印字される。そこまではタイプライターと同じだ。


テレタイプでは、ボタンを押した時に押したボタンに相当する電気信号が発生する。モールス信号のような信号だ。その信号を有線の電話回線を通じて遠隔地のテレタイプに送ることが出来る。

 今、片田は電話回線の部分を短波無線で代用しようとしている。電話網など無いからだ。


送信側のキーボードで文字を打つと、それが記号になって無線で相手方に送信される。受信した側は記号を復号して、キーボードの上にある紙に文字を印字する。

送信側と受信側の用紙に同じ文字が印字される。それがテレタイプの原理だ。

記号化するところと復号化するところに半導体素子が必要になると同時に、回路設計もしなくてはならない。真空管でも同じ回路を作ることはできるが、電気回路が大きくなるし、真空管は電球と同じなので時々故障する。小さくて信頼性の高い半導体が望ましかった。


風丸かぜまるも、鍛冶丸達程じゃないけど、金属工作ができるから、作れるでしょう、テレタイプ」


「ああ、機械部分は、そんなに難しくない。文字数が多いので、同じようなものがたくさんあるだけだ。でも格子様グリッドにすれば部品数を減らせるだろう」風丸が答える。想定しているテレタイプはアスキーコードのアルファベットを取り扱う予定だった。コード表は、現代から持ち込んだPDPのマニュアルに書かれている。

「じゃあ、堺の片田商店でテレタイプを作ることにしましょう」『ふう』がめた。

「お昼にしましょう」


 皆で商店の方に移動しているとき、店員の一人が駆け寄ってきた。

「博多が大変なことになっているみたいです。水害です」


 石英丸が無線室に駆け込んでいった。


「博多で高潮たかしおが発生した。港の低い場所が冠水していると言っている。大量の食料、水、医薬品などを求めている」帰ってきた石英丸が言った。


「でも、この風じゃあ、船は出せないわ、これから嵐はこっちに来るのだから、もっと風が強くなるでしょう」『ふう』が案じる。そのとおりだった。低気圧の中心は博多を通り過ぎ、日本海に出て東に向かっている。堺に近づいているのだ。風の向きが南から西に回り始めている。


 先ほどの店員が、またやってきた。

「こんどは、福良ふくらの鍛冶丸さんです。店長とお話をしたいとのことです」四人が無線室に向かった。


「堺の石英丸だ」

「ああ、福良の鍛冶丸だ。今、戎島えびすじまの埠頭に『暗車丸あんしゃまる』が入港している。いまから積荷を降ろさせるので、博多向けの救援物資を見繕みつくろって、舶載はくさいしてくれ」

「舶載してくれって、この風だぞ」

「大丈夫だ、『暗車丸』は十五メートルの向かい風でも風上に進める」

「十五メートルだと」石英丸が絶句する。

「ああ、実際にやったことがあるから、大丈夫だ」

「しかし、これから波も高くなってくるだろう、風上に向かって、スクリュー船で耐えられるか」

「大丈夫だ」

 鍛冶丸が、スクリュー式の利点を誇示しようとして、危険なことをしようとしているのではないか、一瞬石英丸がそう懸念した。鍛冶丸もそれを感じたらしかった。

「いま、『暗車丸』には鉄丸達の父親も乗っている。俺が危なっかしい事をやると思うか」


「わかった、では博多の若狭屋四郎と五郎に、救援物資が向かうと連絡するが、いいな」

「ああ、今夜持ちこたえてくれれば、明日の昼には着くだろうと伝えてくれ」


 堺にある商品で、博多の被災地で役に立ちそうなものをかき集めて、夕方までに『暗車丸』に積み込んだ。

 空には黒い雲が西から東に向けて流れていた。強い西風が吹いている。もう風速は十メートルを超えているだろう。明らかに波が高くなっていて、その頂点が白くなりはじめていた。徐々に暗くなってくるなかで、その白波だけが不気味に目立っていた。


「本気で、出港するのかよ、波が六尺もあるのに」さっきまで『暗車丸』に荷物を運びこんでいた男達がなげく。

 戎島の埠頭には、いくつもの外輪船が並んでいたが、いずれも出航しようなどとはしていなかった。


『暗車丸』が鋭い汽笛を鳴らす。黒煙があがる。それがすべて堺の町に向かって飛ぶように流れていく。艦尾の海面がかき回したように揺れ、『暗車丸』が埠頭から離れた。沖に出るに従い、波が高くなる。『暗車丸』の縦揺たてゆれが激しくなる。


 埠頭には片田と石英丸が立っている。

「この向かい風なのに、どんどん離れていきますね」

「ああ、そうだな。石英丸、『暗車丸』が帰ってきたら、航海中の船底水ビルジの記録を見せてもらうといいだろう。そうすればスクリュー船がどのようなものか、わかる」


『暗車丸』は、瀬戸内海を航海している間に、低気圧と行き違い、夜半には風が北に回った。それからは帆とエンジンを併用して、まっしぐらに博多に向かう。その最高時速は二十五ノットを越えた。


 翌日、晴天の博多港に、『暗車丸』が静かに入港した。


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― 新着の感想 ―
よほど正確な海図と現在位置の測定が出来ないと現代でもヤバイ 救援物資の輸送のためとは言え、夜間に瀬戸内をかっ飛ばすとは……
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