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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
388/611

スクリュー船

 安宅丸は、マリンディでも商館を開き、夏の風に乗ってマラッカに帰ってきた。


 堺に戻る。


  鍛冶丸かじまるが船のスクリュー推進を思いついた、そもそもの糸口は、片田が室町時代に来て、初めて作ったアルキメデス式スクリューポンプだった。

 水を汲み上げられるのならば、船の推進装置としても使えるだろう。そう思うのは当然だった。


 小舟の後部に取り付けてみると、推進機として使えた。

 この時に使ったスクリューは、竹で作った細長い長方形の羽根はねを二回転させて、竹筒の中に取り付けたものだった。

 次にスクリューの形状を変更してみることにする。最初のスクリューの筒の長さを半分にして、一回転とすると、なんと、最初のスクリューの二倍の速さで舟が走った。


 どういうことだ。


 次いで、外側の竹筒を外し、羽根だけにしてみる。これでも効率はあまり変わらない。どうやら円筒はいらないらしい。

 これは、片田が室町時代に帰って来る、少し前のことだった。


 鍛冶丸がこのことを堺の片田商店の定例会で報告する。『かぞえ』が頭を抱えた。

 

 なぜ、『かぞえ』が頭を抱えるのか。

 スクリューが水の中を回転して、水を後ろに押し出す。それがどのような効率で行われるか、考えるためには数式をたてなければならない。

 水にかかる力と『ひずみ』を計算すればいい。そして、力と『ひずみ』の関係は、『バネの式』に従うだろう。

 ここで、『バネの式』と言っているのは『フックの法則』のことだ


F=-kX


 という式で、原点X=0から離れた距離Xに比例した力がかかる、というものだ。距離を『ひずみ』と呼んでもいい。

 これ自体は、簡単だ。

 でも、対象が、水という立体だった。そんなの、どうすればいいの。


 結局、その場では、スクリュー一回転の方が高効率である理由を答えられなかった。




 会議が終わって、昼食が出る。アジの開き干し、木綿豆腐もめんどうふ冷奴ひややっこ、アオサの味噌汁、糠漬ぬかづけ、白米のご飯などだった。

 見ると四角に切った冷奴の下の方がわずかにふくらんでいる。重みで下の方が膨張しているのだ。


『かぞえ』が、醤油のかかった冷奴をにらみつける。彼女の頭の中には、冷奴が小さなさいの目に分割された図が拡がっている。

 それぞれの断面にかかる力を計算しよう。しかし、それだとたくさんの媒介子パラメーターが必要になる。どうしよう。

 この媒介子達は、数は多いけれど、独立しているものは幾つも無い。そうか、一括する記号を考えればいいんだわ……。


 今日では、それをテンソルと呼んでいる。これを用いることで、流体力学のナビエ・ストークス方程式が表現できる。さらに複素数を導入すれば量子力学を記述することもできる。

 一般相対性理論も多数の偏微分方程式を、テンソルを使って一括表現している。


最近流行はやっている深層学習ディープラーニングも二階テンソル、すなわち『行列』を多用している。高等学校の数学の必須課程から『行列』が除かれたのは、まことに残念な事なのである。


 もちろん、完全にモデル化することなどは、とうてい出来ない。なので、模型を使って実験しては、数式を変えていくということを繰り返して、まあまあいいかな、と思われる式が出来上がる。


 ということで、まあまあ使えるスクリューが出来た。現在なにげなく見ることが出来るスクリューは、複雑な理論的計算と、無数の実験の賜物たまものだ。


石英丸せきえいまる達はスクリュー船に反対だった。船の水線下に穴を開けるなんて、とんでもない。遠い外国や大洋の真ん中で浸水が始まったらどうにもならない、そう考えていた。

 鍛冶丸はスクリュー船を支持した。そんな大きな浸水はしない、なぜなら水の圧力は開いている面積に比例するのだから、船体とスクリューの間の隙間すきまを小さくすれば問題ない、という考えだった。


 で、結局鍛冶丸が個人で輸送船を一隻建造して、スクリュー船とすることにした。『暗車丸あんしゃまる』と名付けた。外輪船と異なり、車が水中に隠れていることから、この名前になった。

 鍛冶丸が堺と博多の間を数回行き来させて、特に問題の無い事を確認した。


 そして、スクリュー船と外輪船との力比べをしよう、そう提案した。片田の二回目のアメリカ行きの最中だった。


『暗車丸』と、それと同じ蒸気機関を積んだ外輪船で綱引きをしよう、というのだ。両船の船尾をいかり用の太いつなで結び、互いに引っ張り合う。そして、どちらが勝つかやってみよう、そういうことだ。


 堺の戎島えびすじま埠頭ふとうの前に二隻が反対向きに停泊していた。

 梅雨明けの六月だった。日差しが強く、暑い。

 片田の乗った『神通じんつう』が数日以内に堺の港に姿を見せるはずだった。


 石英丸、『ふう』、鍛冶丸、彼の孫達、『かぞえ』などが埠頭に置かれた椅子に座っている。


 埠頭の一部に台が置かれ、スクリューの模型が置かれている。一つはガラスの水槽に入れられ、電池とモーターで回転していた。

 綱引きするにしても、スクリュー船の方は水上からでは動きが見えないので、鍛冶丸が置いた物だ。回転するスクリューが、勢いよく水を後ろに押しやっていた。

 見物人が代わる代わるやって来ては、こんなふうにして船を進めるのか、としきりに感心する。


 隣で『かぞえ』がスクリューの方が効率的である理由を、数式を使って説明していたが、そちらには誰も近寄らなかった。彼女が差し出す、数式が書かれた紙を受け取る者はいなかった。


『暗車丸』の艦載砲が空砲を発射した。綱引きが始まる。二つの船が煙突から黒い煙を大量に吐いた。間に渡された錨索びょうさくがピンッと張る。

 そして、『暗車丸』が少しずつ前進する。やがて、それが加速する。外輪船の外輪が海水に逆らって激しく白波をたてる。

 圧勝だった。

『暗車丸』がどんどん進み、埠頭から遠くなる。外輪船が後ろ向きに引きずられていった。


 埠頭で大歓声があがる。誰も、こんなに圧倒的な差があるとは思っていなかった。石英丸がスクリューの効率性を認めた。ただ、安全性については、もうすこし航海を積み重ねる必要があるだろうと言った。


 二隻の船が錨索を解いて、港に戻ってくるまでには時間がかかる。見物人のほとんどは埠頭から去っていたが、鍛冶丸達は残って待っていなければならない。


 銅丸あかがねまるが退屈そうにしている。数式が書かれた『かぞえ』の紙で紙ヒコーキを折り、飛ばした。この玩具がんぐは片田が持ち込んだものだが、彼らは飛行機を知らない。なので、ヒコーキが何を意味するのか知らずに遊んでいた。


「ふう、暑いな」銀丸しろがねまるが言う。

「そうだな、こうしたらどうだろう」鉄丸くろがねまるが水槽の中のスクリュー模型を取り出し、銀丸の方に向ける。

「お、涼しいぞ。これはいける」銀丸が言った。

 銅丸も、こっちに向けてとねだる。


扇風機が発明された。


じぃちゃ、こうやると涼しいということは、空気も水と同じなのか」

「ああ、そうだ。目には見えないが、空気も流体りゅうたいというものだ」

「じゃあ、銅丸どうまる、ちょっと紙ヒコーキを、こっちに飛ばしてみろ」鉄丸が言った。

「いいよ」そういって銅丸が鉄丸に向けて紙ヒコーキを飛ばす。鉄丸がそれに扇風機を向けると、紙ヒコーキの向きが変わった。

「なるほど。確かに、間に何かがあるな。水と同じようなものか」

「ということは、紙ヒコーキにスクリュー付けると飛べるのか」

「出来るかもしれないな」


『かぞえ』が素早く暗算してみる。あの紙の重さは三グラムくらいだろうか。それが軽々と飛んでいる。もしモーターがもっと軽く、強ければ、そして電池を載せなければ、飛べるだろう。飛行機の可能性が出て来た。


 しかし、水と違って、空気は力によって圧縮される。それに音速と言うものがあることを彼女は知っていた。また、新しい問題が出て来た。


『かぞえ』がふたたび、頭を抱えた。


外輪船とスクリュー船の力比べは、過去に実際に行われています。

一八四五年四月三日、イギリスでのことです。イギリス海軍本部が主催しました。

同一蒸気機関を搭載したスクリュー船ラトラーと外輪船アレクトが綱引き勝負をして、ラトラーが圧勝しました。


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― 新着の感想 ―
史実をなぞるパワー勝負綱引きも良いけど速さ競うのでも良かったかな……
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