謁見(えっけん)
国王は肥った老人だった。肌の色は浅黒い。安宅丸は、イブラヒムに導かれて、室内に入り、指定されたところで、深く一礼した。国王が起き上がり、寝椅子に座り直す。
安宅丸の左右には、身分が高い人々が、同じように寝椅子に横たわっていた。彼らも皆起き上がる。中にはムスリム商人らしき男もいる。ムスリムも、この社会で一定の地位を占めているようだった。
身分の低い者は、入口近くに立っている。
挨拶が終わると、国王が安宅丸達に果物を勧める。安宅丸は、片田から託された書状と、金の延べ板一枚をイブラヒムに渡し、国王に捧げたい、と申し出た。
片田からの書状は日本の言葉で書かれており、通訳がマラッカ語と、当地のマラヤーラム語に翻訳した物が添えられていた。
「片田というのは、王ではなく、商人なのか」書状を読んだ王が尋ねる。
「はい、そうです」安宅丸が答える。
「なるほど、で何を望んでいるのか」
「その書状に書かれている通り、末永い交易です。そして、海岸の近くに商館を一つ開くことを望んでいます」
「ふむ。それならば、シナの商人も、ムスリムの商人も、同じようにしている。別段問題はないであろう。どこか空いている土地を購入し、商館とするがよい」
「ありがとうございます」
王が書状と共に渡された、金の延べ板を見る。
「これは」
「それは、お近づきの印でございます。もしよろしければ、お納めください」
王が金の延べ板を見つめる。“港湾管理官達は、五つの延べ板を見た、と言っていたが、持ってきたのは一つか”。
王が、末席の方に立っていた四人を見る。港湾管理官達がモジモジしていた。
彼らは十の延べ板を安宅丸に見せられていたが、この後にアフリカまで行くと聞いていたので、カレクトに落としていく金は、その半分くらいだろう、そう思って、五個の延べ板を見た、と報告していた。
「わかった、いただくことにしよう」王が言った。
「ありがとうございます」安宅丸が礼を言う。
「ところで、多くのピアン・チヤンを持ってきているそうじゃな。売るのか」ピアン・チヤンとは眼鏡のことである。
「はい、もしお許しをいただけるのであれば、この地で売りたいと思います」
「ずいぶんと安い値段で売ろうとしているようだが」
「はい、私共が国で売っているのと同額で販売いたします」
「シナ人が持ってくるピアン・チヤンよりも、ずいぶんと安いと聞いたがなぜだ。シナ製品の紛い物か」
「いえ、明人が、われわれの眼鏡を真似して作ったのです。眼鏡を発明したのは、片田です。彼はそれで財をなしました」
「そうであったか。で、なぜ安い」
「片田が言うには、生活に必要な物で、大儲けをしてはならない、とのことです」
宮廷にいた、イスラム教徒達がざわついた。“『カタダ』はイスラム教徒なのか”。安宅丸は、それを無視して続けた。
「もうひとつ、持参した物があります。これも金と同様に、お納めください」
「なんだ」
安宅丸が背中に背負った風呂敷包みを外し、中から鏡を取り出した。
「この鏡はいかがでしょう」
王が身を乗り出して、その銀色に光る板を見た。イブラヒムが、それを王の元に届ける。
「これは、この板に移っているのは、わしか。ということは鏡だが、これほどはっきりした鏡はみたことがない」
「それも、お納めください。お妃さまが、お喜びになるかと思います」
王が、女性を一人呼んで、鏡を見せる。中を覗くなり、目を丸くして驚き、頬に手を当てた。その手の動きまで本物そっくりであった。顔を紅らめて、王の方を見る。
「これを、私にくださるのですか」
「いや、そち一人ではない。皆で使うがよい」王が言った。
女性が少し残念そうな顔をする。
「お妃さまは、何人いらっしゃるのでしょう」安宅丸が尋ねる。
「七人じゃ。それがどうした」
「では、明日、あと六枚の鏡を届けさせましょう」
「いいのか。そうしてくれると助かる」
「少しですが、鏡も積んでまいりました。ここの市場で売ろうと思っています」
「ずいぶんと、珍しい物を持ってきたのじゃな。よかろう、好きな物を売るとよい」
「はい、ついては、一つお願いがございます」
「なんだ」
「眼鏡も、鏡も、私の国の値段で売ります。しかし、それには条件があるのです」
「言ってみよ」
「取引は、金か銀のみです」
「金、銀といっても、商品が安いのであれば、特に問題あるまい。それであれば、当地の商人がまとめて買い上げて、ふたたび民に販売する形になるであろうがな」
「それで、かまいません」
「よし。では、その条件も認める。安いピアン・チヤンが入ってくれば、この国の年寄り達が喜ぶであろう」
この地には、金も銀も比較的豊富にあった。古代ローマ時代以来、一貫してヨーロッパ、アフリカの金銀がインドに流れ込んでいた。彼らはそれで、胡椒、絹、真珠、宝石、香料、陶器などを買っていた。
そして、金銀の一部は、さらに中国や東南アジアに流れていく。




