堺の片田商店
すこし前のこと。
片田は、堺に進出したかった。まず、小さな商店を準備として建てなければならない。そのためには、片田村の経営を代理する者が必要だった。代理が出来るものは石英丸しかいない。彼は二十一歳になっていた。問題は石英丸に男兄弟がいないことだった。
石英丸の父親のところにいき、片田村の住人を二人、専属でつけるということで納得してもらった。当面の農作業の手伝いは、彼らが行い、いずれ石英丸の妹たちの誰かに婿をもらうことになった。
茸丸とふうも片田村専属にしてもらうと安心できる、と石英丸が言うので、これも専属とした。二人とも兄がいたので、こちらは問題なかった。
いままで、石英丸は眼鏡、茸丸はシイタケ、ふうは揚水機それぞれの製造の頭となっていた。頭には、二割の年貢をはらったあとの、残りの利益の百分の一を渡していたので、三人ともそれなりの資産を作っている。眼鏡製造の頭は鍛冶丸が引き継いだ。
「大丈夫かなあ」石英丸が不安そうに言う。
「大丈夫だ。堺との間に三か所程、駅を作っておく。堺と片田村との間は十里たらずだから、馬を乗り継げば一刻(二時間)もあれば戻ってこれる。文をやりとりすることもできる」
片田が駅といっているのは、農家に馬を二、三頭預けておき、普段は農作業に使ってもらい、必要な時だけ伝令ないし移動の手段として片田が利用する、というものだ。堺と片田村の物流の予備としても使える。
堺の海岸沿いの小さな商店を借りた。奥に倉庫がついている。楠葉西忍さんに、堺で働ける、信用の置ける商人を五人程紹介してもらった。堺の街で、見て歩くだけでも調べられる範囲で相場を調べる。次に河内国にはいり、河内の田舎市に行く。田舎市は、河内国のもっとも堺寄りにあるので、すぐに着く。近くの村の乙名達に金を払い、連判をもらう。それを田舎市の入口で身分証に替えて、市の中に入る。ここでも相場を調べる。大和の市での物価と比べると、座が手にする利益が膨大であることは容易に想像された。
「畠山が怒るのも無理ないな」
田舎市の中に荏胡麻油を売っている店があった。石清水八幡の専売品であるはずだ。覗いてみると、店の奥で油を作っている。
荏胡麻を火で炒る者、梃子の原理を使った足踏み式の圧搾器を踏んでいる者がいた。ここで作っているのか。大胆だな。
片田が尋ねた。
「その荏胡麻の搾りかすは、どうするんだ」
「これか、牛馬のエサにするか、畑に撒くかだな」
「売る気はないか」
「売ってもいいが、こんなもの運び賃の方が高くつくぞ」
「それでもいい。いくらだ」
「売ったことないから、値段が付けられない。むしろ片付けてくれるんならありがたいくらいだ」
「じゃあ、もらうことにする」
石英丸に送り付けて、荏胡麻せんべいを作らせよう。
日が暮れてきたので、堺の船乗り相手の飯屋にいくことにした。船長と思われる人間に声をかけてみる。
「河内の田舎市で見たんだが、堺にも荏胡麻が入ってくるのか」
「なんだって、若造、座の連中か」
「いや、違う。これを売っている」
そういって干しシイタケを見せる。
「そりゃ、シイタケじゃねえか。売ってくれ」
「ああ、いいよ。もうすぐ私の商店ができる。そこにくれば買えるようになる。片田商店だ」
「片田って、片田銀の片田か」
「そうだ」
「そりゃあ、すげえやつにあったもんだ。片田って、こんな若造だったのか。そうか、わかった。そうだな。堺に荏胡麻を持ってくるやつは抜け荷だ。石清水に納めるんだったら最初から尼崎に持っていく」
「そういうやつは多いのか」
「最近増えたな。畠山の殿様が、田舎市を作り、河内の国内の関をなくしちまったからな」
「堺に持ってくれば、尼崎より高く売れる、ということか」
「そうだ。堺なら田舎市の商人が、二割以上高値で買う。それでも田舎市に持って行って、その場で搾って売れば、座よりはるかに安いのでいくらでも売れる」
「堺には他にどんなものがはいってくるんだ」
「さあ、なんでもだな。生糸、絹、綿、塩魚、塩、麹、米。ほかにも鎧、弓矢、刀なんかも堺には入ってくる」
「おまえさんは何を扱っているんだ」
「塩だ。俺は能島の村上だからな」
夜、螺旋搾油器の設計図を描く。筆で描いたせいで、我ながら下手な製図だ。士官学校の測図学の授業でこんなのを出したら落第だろう。荏胡麻を圧縮して、油を搾る道具だ、と脇に用途を書いておいたので、なんとかわかってもらえるだろう。一回に一斗程の荏胡麻を絞る、という説明もつけておいた。いつか紙と鉛筆も作らなければならないな。
明朝、荏胡麻粕を片田村に送る伝令に渡そう。




