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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
377/612

イサベル

「なによ、また縁談えんだんなの。今度のお相手は誰。不幸なことにならなければいいのだけど」イサベルが言った。

 イサベルはカスティーリャ王国の王女である。国王は異母兄いぼけいのエンリケ四世だった。イサベルとは二十六歳離れている。

 イサベルは一四五四年、三歳の時に、隣のナバラ王フアンの次男フェルナンドと婚約していた。ところがフアンの兄、アラゴン王アルフォンソ五世が四年後に亡くなり、フアンはアラゴン、ナバラ、シチリア、バレンシアの王、フアン二世になる。巨大になりすぎた。

 フアンを警戒したエンリケ四世は、先の婚約を一方的に解消し、フアンの長男、カルロスとの婚約を画策する。

 カルロスはフアンの先妻、ナバラ女王との間に出来た子だった。それに対してフェルナンドは後妻の子だった。

 前妻はカルロスにナバラ王位を継承するよう、遺言していたが、後妻がフェルナンドに王位を継承させようとして、両支持者が対立する。

 カルロスが挙兵して破れる。アラゴン王フアンはカルロスとの和解を模索していたが、その時にエンリケ四世の画策が明るみに出て、カルロスは投獄される。

 時に一四六〇年、イサベルが九歳の時だった。


 次は一四六四年、イサベルは十三歳だった。エンリケ四世はポルトガル王アルフォンソ五世にイサベルを嫁がせようとしたが、イサベルは年齢差を理由に、これを断った。アルフォンソは三十二歳だった。


 一四六六年、エンリケ四世はイサベルの結婚相手として、国内の大富豪、ペドロ・ヒロンを選ぶ。この時にはイサベルの同意を取らなかったようだった。ペドロはカラトラバ騎士団の団長であり、聖職者であった。にもかかわらず、非公認で妻帯し、三人の子供がいる四十三歳の男であった。


 イサベルは愕然がくぜんとした。世に男は数多あまたいるであろうに、よりによってこんな破廉恥はれんちな男が私のおっとになるのか。

どうか、この結婚が実現しませんように、そう神に祈った。そして彼女の祈りが聞き届けられた。


 ペドロは花嫁の手を取るためにマドリッドに向かう道中で急死する。

 アンダルシア地方のベルエコ城でのことだった。年代記には、空が暗くなる程の無数のコウノトリがベルエコ城を取り囲んだ後、ペドロが死んだ、と記されている。

 イサベルが『不幸なことにならなければいいけど』と言ったのは、カルロスとペドロの事を言ったのである。


一四六八年、イサベルは花も恥じらう十七歳になっていた。そういつまでも結婚を引き延ばすわけにはいかない歳になっている。

ポルトガルのアフォンソ五世から再び求婚の申し出が来る。

 それに対してイサベルが発したのが冒頭の言葉だった。

「また、ポルトガルのオッサンからなの。勘弁かんべんして欲しいわ。年齢が合わないからって、断ったじゃないの」


 この頃にはイサベルも、色々な事がわかるようになっていた。当時ポルトガルはアフリカ交易で栄えていた。アフリカ王が彼の異名いみょうだった。それに対してカスティーリャは、まだレコンキスタの戦争中であり、貧しい。

 もし、アフォンソと結婚すれば、ポルトガルに取り込まれてしまうかもしれない。それに対してアラゴンのフアン二世は、ナバラもシチリアも独立した王国として維持している。アラゴンは連合王国だった。


 アフォンソよりフアンの方が信じられる。イサベルは思った。当初の約束通り、フアンの子フェルナンドと結婚しよう。それならばカスティーリャ王国は生き延びるだろう。イサベルは、そう決めた。


 イサベルはかんの鋭い娘だった。やるべきことを見抜き、それを適切な時に実行する才能があった。


 イサベルの方からフアン二世に打診した。当初の婚約は、まだ有効なのか。フアンはこれに同意する。

 一四六九年三月五日、両者の間で秘密の婚約が行われる。

 実は二人は従兄弟いとこ同士だった。同じ曽祖父そうそふ、カスティーリヤ王フアン一世を持っていた。従兄弟同士の結婚はキリスト教の教えに反する。

 そこでバレンシアの枢機卿すうききょう、ロドリゴ・ボルジアが登場し、教皇ピウス二世からフェルナンドに宛てた教皇勅書きょうこうちょくしょなるものがフェルナンドに渡される。

 この勅書はフェルナンドが三親等以内の女性と結婚することを許可する書類だった。


 ピウス二世とは、少し前に登場した小説家教皇、『なろう』教皇の事である。ピウス二世は、一四六四年に他界していたが、『こまけえことは、いいんだよ』ということになり、二人の結婚が時の教皇により祝福される。


 当時イサベルは兄王のエンリケ四世によって、マドリッドの南、オカーニャに置かれていた。軟禁なんきん状態である。

 先に亡くなっていた弟アルフォンソの墓参りがしたい、とエンリケ四世に申し出る。墓参りでは却下しにくかった。墓はマドリッドの西にあるアビラという町にあった。

 しかし、イサベルが実際に向かったのは、アビラではなく、マドリッドの北西、バリャドリッドだった。同年十月の事であった。


 一方のフェルナンドは、旅商人に変装して、ラバ一頭をひきいてカスティーリャに潜入する(実話である)。



 一四六九年十月の半ば。イサベルはバリャドリッドのヴィヴェロ宮殿にいた。宮殿と言っても大きなものではない。二つの中庭パティオを持つ長方形の建物だ。


 奥の庭にイサベルがいた。建物の影がすところに、小さな白いテーブルと椅子。テーブルには銀の器に入った飲み物、そしてイサベルは椅子に腰かけていた。

 前庭との間の扉が開く。この宮殿の主人ファン・ペレス・デ・ビベロが一人の若者と、アラゴンの使者を伴ってやってくる。

 若者は粗末な服装をしていた。婚約した三歳の時に会って以来だが、イサベルには、これがフェルナンドだな、とすぐに分かった。


「あなたが、フェルナンド」イサベルが尋ねる。若者はうなずいた。イサベルが十八歳、フェルナンドは十七歳だった。この年頃では若者の方が気圧けおされる。

 若者がアラゴンの使者にうながされ、羊皮紙に自らの名前を署名する。使者がそれをイサベルに渡す。先に届けた結婚同意書の署名と比較して欲しい、ということだろう。ファン・ペレスが同意書を差し出す。

 イサベルが署名を比較して、一致していることを確認した。


 若者の顔を見る。朴訥ぼくとつな顔だったが、目つきが鋭い。この若者ならば、何事かをなすかもしれない。イサベルは自分の勘の鋭さを信じた。


「私の小さな旅商人さん、今日は私にどんな品物をもってきてくれたの」イサベルが尋ねる。


「これを」そういってフェルナンドが扮装ふんそうに使っていた肩掛けカバンから何かを取り出した。一面いちめんの『片田鏡かただきょう』の手鏡だった。


 一四六九年十月十九日に、二人は結婚し、スペインの歴史が動き出す。


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その時  歴史は動いた 遥か欧州の歴史を動かした一枚の鏡がこちらです で、番組が始まる未来かありそう
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