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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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実験農園

 茸丸たけまるの植物研究所は、キノコの研究だけをしているのではない。イネやその他の作物の研究も行っていた。研究所は付属の実験農園も持っている。

 今年の夏、その農園の畑は例年とは異なった有様だった。


 まず、三月(旧暦)に安宅丸が季節風を待たずに帰ってきた。日本に帰国するための季節風は五月頃に吹き始める。

 今年の夏か秋には抗マラリア成分を持つ植物、『アヌマ』を収穫できるように、そう考えたのだろう。春の種まきの時期を外したくなかった。


 次に四月には片田達の艦隊が帰ってきた。片田達は南米産の様々な植物を持ち帰ってきた。


 トマト、インゲンマメ、トウガラシ、サツマイモ、トウモロコシなどである。いずれも、現地の人々が釣針などの贈り物の対価として提供してくれたものだった。片田達は、それを食べずに持ち帰って来ていた。


 それらが、農園で栽培されていた。


夏になった。

「これは、青い実がじゅくすと、赤くなるのか」茸丸がつぶやく。

「小さいけれど、の形が柿に似てるな。とりあえず唐柿とうしという名前にするか」そういって、赤いのを一つかじってみる。

 現代でいうところのミニトマトだった。

「それ、『じょん』がトマトゥルって言ってなかったか。それににぃちゃ、なんでもなまで食べるの止めた方がいいぞ、こないだマメを食べて腹を壊したばかりだろ」妹の『えのき』が言った。

 トマトゥルとはtomatlと書く。メキシコ地方のナワトル語で『膨らんだ果実』という意味だった。

 茸丸が生で食べて腹を壊したのはインゲンマメだ。インゲンは生で食べてはいけない。


 トマトはコロンブスによって西洋に紹介され、栽培はコルテスが持ち帰った種から始まったとされている。

 西洋では実に毒があると考えられ、食用としての普及は遅かった。

 トマトの酸が食器のピューターに作用して鉛を溶かし、鉛中毒になったらしい。

 ピューターはすずと鉛の合金で作られた食器で、富裕層が利用した。


 貧しい者達は木製の器を使っていたので、トマトは毒にならない。イタリアの貧困層がトマトを食用としたところ、旨味うまみがあったので、たちまち広がった。古代ローマ以来、魚醤ぎょしょうを調味料として使っていたイタリア人が、トマトソースを代わりに使うようになった。


 なお、イタリアではトマトとは言わない。ポモドーロという。金のリンゴという意味だ。トマトソースはイタリア語では salsa de pomodoro と書く。


「でも、腹を壊したので、あの藤豆ふじまめは生で食べちゃいけない、ということが分かった」茸丸が答える。

「それは、そうだけど」

「藤豆はいいぞ、熟していなくともさやごとでて食べられる。豆と野菜を同時に食えるんだ」


 インゲンマメは、江戸時代に隠元いんげん和尚おしょうミンから持ち込んだとされているので、この名前が付いた。茸丸の時代にはインゲンマメは知られていないので、藤豆と名付けたようだ。

 言われてみれば、莢の形が藤の実に似ている。


 茸丸が試した、莢ごと茹でる食べ方は、フランス人が好む食べ方だという。英語では、この食べ方をフレンチスタイル、フレンチビーンと言うそうだ。




「こいつも、熟すと実が赤くなるのか」次の畑で、茸丸がトマトに似た果実を見る。葉の形はトマトとは異なっていた。これは危険なやつだった。

 茸丸が実を一つむしり取って、口に入れる。

「!」

「か、からい」そういって吐き出した。トウガラシだった。

「ほら見なよ、だから言ったじゃない、ねぇ『めい』」『えのき』がそう言って、連れていた女の子の方を見て笑った。

『めい』と呼ばれた四歳くらいの女の子も、茸丸を見て笑う。

『めい』は『えのき』の孫だった。母親が夏風邪をひいたので、彼女が連れ出していた。

『えのき』の夏風邪が茸丸の植物研究所のきっかけになった。『めい』の母親の夏風邪は何を呼んでくるだろう。


 トウガラシ畑を過ぎて、三人がサツマイモ畑にやってくる。サツマイモもコロンブスが西洋にもたらした作物だったが、熱帯作物だったのでヨーロッパではあまり普及しなかった。

 ヨーロッパではサツマイモの代わりにジャガイモが普及する。ジャガイモは南米高地の作物だったので、今回の航海で手に入れることは出来なかった。


 茸丸が、幾つかの株を掘り出す。

「こりゃあ、すごい。間引きして捨てた苗にもイモが付いている。種イモより発育がいいぞ」

 畑の脇に捨てた苗にもサツマイモが付いていた、というのだ。

「しかも、不思議なことに肥料をやらないほうが、良く育つ。おもしろい芋だな」




 次はトウモロコシ畑だった。トウモロコシは、すでに一部を収穫して三人とも食べていた。実が黄色でキビに似ていたので、茸丸は唐黍とうきびと名付けていた。

「唐黍、おいしかった、『めい』」

「うん、とってもおいしかった」

収穫したてのトウモロコシは、とてもうまい。機会があれば、ぜひ食べてみて欲しい。


「今日も食べたい」『えのき』が『めい』に尋ねる。

「食べたい」

「幾つか唐黍採ってもいい」

「ああ、いいぞ。お天道てんとうさま、いっぱい浴びてるから、体にもいいぞ」

かぁちゃの風邪にもいい」『めい』が茸丸に尋ねる。

「もちろんさ、すぐに元気になっちゃうよ」


 どこかで聞いたような話だ。『めい』ちゃん、唐黍をヤギに食われるなよ。


 トウモロコシの先は『アヌマ』の畑だった。この草はとても強い。わざわざ畑に種をかなくても、そこらで自生じせいしそうだ、茸丸が思った。


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