十市城の戦い 2
東の空がすこし明るくなり、戦場の様子が見え始めてくる。攻城側の兵士は莚などにくるまり、まだほとんど寝ている。
十市の防衛線の内側から砲声がひとつ聞こえ、義就軍のいるあたりに物が落ちるような音と悲鳴が響いた。
櫓の物見台から降りてくる紐に鉄製の輪が付いている。上から同じような鉄の輪が下りてきて、ぶつかり、カチンという金属音がする。
伝令役の兵が輪に結び付けられた紙を開く。
「全砲、距離百七十間(約三百メートル)」
臼砲の仰角を調整する音がする。静かになったところで、号令が飛ぶ。
「撃て」
義就軍に対している臼砲五十門が一斉に火を噴いた。十市の城内にも、義就軍の悲鳴が聞こえる。同様に、南の越智軍、北の古市軍にも大小の石が降り注いだ。
四散する兵に対して騎馬武者が前を押さえるようにして収拾する。攻城軍は三百間程の距離で再集合した。彼らが仮泊していた場所には百名ほどの兵が取り残されていた。死んだ者はほとんどいない。脳震盪で動けないものや、骨折したものがほとんどだった。それらの傷兵は、再集結地点に回収されていった。
半刻ほどして、態勢を整えなおした攻城軍が突撃してきた。頭の上に盾を構えている。
「乱射、距離は掲示」と号令が出た。
乱射とは各臼砲が個別に撃ってよし、という意味だ。距離は掲示とは、櫓に立てかけられた大きな板に描かれた数字に従って撃てということだった。乱射の場合、砲声により声で距離を伝えられない。
落石で盾をはぎとられるもの、大きい石にあたり倒れてしまうものなどがでる。城の土塁近くまで接近できた兵は七割ほどであった。
城側から矢が飛んでくる。こんどは盾を前面に構えなければならない、その兵の上にも石がふりそそぐ。
義就軍の陣地から白い狼煙が上がった。
「な、なにをいう」ふうが言った
「なにって、ふう、あなたが石英丸のこと、好きだって、みんな知ってるわよ。知らないのはあなたたち二人だけよ」あやが言う。
「ば、ば、ばかなこというな」
「ばかなって、みんな心配しているのよ。はやく告白しないと、石英丸どっかいっちゃうわよ」
ふうの顔が真っ赤になった。なにか言い返したかったが言葉がでない。
「あ、まって、なにか動いた」あやが前を見て言う。
二人は十市城の東二キロメートル程のところにいた。
「あそこ、太田の神社のところ。畠山の騎馬隊だ。夜のうちにあそこに移動していたのね。出ていくところだわ。ふう、火箭をあっちにむけて飛ばして」
ふうが、乾いた田の土に火箭の柄を刺して、導火線に火打石で火をつける。
火箭が青空に向かって弧を描いて飛んでいく。
「続いて、赤い火箭も飛ばしましょう」
赤い火箭は脅威を示す。これも赤い弧を描いて騎馬隊の方角に飛んで行った。
城の方からも、騎馬隊に向けて火箭が飛んだ。
「よかった。気づいたようね」
朝から義就の騎馬隊がいないことに、十市城の片田たちは気づいていた。あの遊撃隊の位置がわからないことには、城側でも次の手を打てなかった。
片田は櫓から降り、城の東側に向かった。東側の臼砲隊に指示し、石袋を取り出させ、代わりに細長い袋を詰めさせた。
「こいつは、ひと味違うぞ」
義就の騎馬隊二百騎が近づいてくる。
「偶数番の臼砲を発射する。用意」該当する砲兵達が手を挙げて了解を示す。
騎馬隊が二重柵の間近に迫る。
「撃て」
臼砲はほぼ水平に発射された。騎馬隊に向かって、黒い鉄の矢が無数に飛んでいく。
「奇数番の臼砲、用意」
「発射」
多数の騎馬と武士が倒れている。残って動揺している騎馬武者に対して、胸壁の内側から矢が飛んでいった。
遊撃隊の脅威は取り除かれた。
片田は十市播磨守の本陣に行き、報告した。
「騎馬隊は潰しました。次の手が打てます」
「よし、やれ」十市遠清が言った。
十市城から、真上に向けて緑色の火箭が打たれた。片田は再び櫓に登り、南の方角を見る。
耳成山のふもとから、兵の群れが出てくる。幟は寝かせたままでいるため、どこの部隊かわからない。この部隊は、ちょうど越智隊の背後に位置する。距離は一キロメートル程だ。
「あと五分、十分。気づかれないでいてくれ」
片田は、南面の臼砲に、さらに乱射するように指示する。
臼砲隊は、砲に火薬袋を入れて、導火線を挿す。その上に石袋を置く。仰角を調整する。発射する。桶から水を入れて冷却する。竹のササラで、内部を清掃する。砲を下に向け、排水する。また火薬袋を入れる。
片田が部隊を見る。幟を立てた。部隊が喚声を上げて越智軍の背後に襲い掛かった。
「ちぇ、伊賀、名張のやつらか。片田のやつめ、ただの商人じゃねえな」越智家栄は舌打ちした。越智の部隊は、昨日、矢木のあたりから、現在のところまであわただしく移動していた。夜が迫っていたこともあり、その時に十分な斥候を出していなかったことを後悔した。
最初から、そのつもりで散兵線を敷いていたのだ、と今になって悟った。
「西に向かって撤退する」家栄が叫んだ。
家栄が西に逃れた後に、十市城の南面から十市の軍が出てくる。伊賀、名張の軍は家栄軍を潰走させるために追撃する。
十市軍は南側から義就軍の右翼に襲い掛かる。落石や弓に悩まされながらの突撃で弱りきっていた義就軍も北に向かって退却していった。




