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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
358/611

船首楼(せんしゅろう)

 片田が、『那珂なか』の磯丸いそまるからの伝言を、金口かなぐち艦長に伝えようとして立ち上がる。座っているときには気づかなかったが、船が斜め方向にれているのが感じられた。

“なるほど、操船不能になっているというのは、こういうことか”

 揺れの合間を縫って、船尾楼のなかを艦首方向に向けて歩き、露天甲板ろてんこうはんとの間の扉を開ける。

 開けたとたん、ものすごい風雨が船室に流れ込んでくる。目の前の甲板は、荒い波に洗われていた。

“これは、駄目だ。とでも船尾楼せんびろうの上などには行けない”そう思い扉を閉める。どうしたものか。

 そういえば、下の甲板に右舷直うげんちょくの船員が待機しているはずだった。彼らに頼もう。そう思い、梯子はしごで下の甲板に降りた。

「班長、金口艦長に『那珂』の磯丸からの伝言があるのだが、誰かを送って伝えてもらえないだろうか」

 班長が年長の船員を選ぶ、屈強で経験も豊かそうだった。

 片田が磯丸の伝言を伝えると、その男と班長が驚いた。

「それをやるのですか」

 二人は船室内にいるので、今『神通じんつう』が陥っている深刻な状態を知らない。


「ああ、磯丸がそう言っている。造船技師の彼が言うのならば、間違いないのだろう」片田が言う。

「わかりました」そう言って男が扉を開け、二つ上の甲板にいる艦長のところに伝言を伝えに行った。




「なんだって」金口三郎艦長が伝言を伝えに来た男に答えた。

「それ、本当に磯丸が言っているのか」

「片田様が、そういっていました」

無茶むちゃだが、何もしないよりは、ましだな。分かった磯丸の案を採用しよう」

「はい」

「右舷班長に命令だ。艦首のいかりを海中に降ろせ。長さは、そうだな、三十メートル程でいいだろう」

「承知しました。もう一つの方はどうしましょう」

「それも行う。二名で組を作り、中甲板ちゅうこうはんから船首楼に向かわせろ」

「そして」

「そうだ、前檣フォア・マストの右舷側、風上側のシュラウドを全て手斧ておので切断せよ」

「承知いたしました。班長にそのように伝えます」

「よろしく頼む、私はここで作業の様子を見ている」


 シュラウドというのは、檣を左右から引っ張り、まっすぐ立っているように支えるロープ群のことである。『神通』の場合には左右双方に八本ずつのシュラウドがあった。

 その、風上側を全て切断しようというのが、磯丸の案だった。


 前檣は三本の柱で構成されている。一番下の柱をロア・マストという。これは船底の竜骨りゅうこつまで伸びている柱で、何層もの甲板を貫いている。シュラウドを切断しても、大丈夫だろう。傾いて甲板を少し壊す程度だ。

 二番目の柱はトップ・マストという。これはロア・マストと繋がっていて、上はマスト・キャップ、下はシュラウドで固定されている。

 シュラウドで固定しているところは、結び目がなく、一回りロープを回しているだけで、その先は反対側の舷側に延びている。

 風上側のシュラウドを切断すれば、トップ・マストの下部の固定が外れ、マスト・キャップだけではマストを支えられずに倒れる。


 前檣の上部、トップ・マストとその上のトップゲルンが倒れるか、切断されてしまえば、前檣が受ける風の抵抗がなくなる。

 そうすれば、主檣メイン・マスト後檣ミズン・マストが風見鶏の尾のように働き、艦が風上を向く。

 同時に艦首の錨も海中に降ろして、シー・アンカーにする。

それが磯丸の案だった。




「シュラウドを切断するために、艦首楼に行く二人だが、誰か志願するものはいるか」右舷班長が志願者をつのった。危険な任務なので、そうせざるを得ない。

「私が行こう」操帆長そうはんちょうが言った。甲板上で帆の操作を任されている責任者なので、当然だ、そのような顔をしていた。

「よろしいでしょう、操帆長にシュラウドを切断していただきます、あと、もう一人、操班長の支援者が必要だ」

「私が行こうか、万一の時には船員が多く残った方がいいだろう。ロープを切断するだけだったら、私でもできる」犬丸いぬまるが言った。

「犬丸様にやっていただけると助かる」班長が言った。

「でも、犬丸様は開拓団の団長だろう、開拓団の方はどうなるんだ」

「これが、うまくいかなければ、南の島にたどり着くことはできない」犬丸が言った。

「よろしいでしょう、では犬丸様にお願いします」右舷班長が言った。

「残りの右舷班は全員巻上機まきあげきにとりついて、艦首の錨を降ろすことにする。左舷直もだ、誰か左舷班長を呼びに行ってくれ、この揺れでは左舷班も寝ることが出来ないでいるだろう」


 右舷班船員が巻上機に向かった。

 米十こめじゅうも巻上機のハンドルを握る。

「でも、この艦は外輪があるだろう。どうして外輪を回して船首を風上に向けないんだ」米十が隣の船員に尋ねる。

「この嵐の中で機関きかんに火を入れたら、焼けた石炭が船底に飛び散って火事になるだろう。それに波で船体がゆがむ。無理に回せば外輪のじくが外れるかもしれない」

「そんなもんなのか」




 船尾楼の待機所には、三人が残っていた。右舷班長と操帆長、犬丸だ。

「十字帯を改めて確認して、しっかりめてください。そしてお互いの十字帯を確認してください」班長が言った。

 操帆長と犬丸が、言われた通り確認する。


右舷班長が二人に手斧を一本ずつ渡す。二人はそれをおび代わりの縄に差し込んだ。

そして、操帆長に三本の鉤縄を渡した。彼はそれを肩に回して掛けた。

「一つは二人を繋いでおくのに使っていただきます。もう二つは船首楼で使うことになります」


「中甲板を船首楼下まで行くと、楼にあがる梯子はしごがあります。右舷側です」班長が言う。二人がうなずく。

「それを登れば船首楼の上甲板に出ます。この船室の天井は、一部が空いています」

「前檣ハリヤードを通す穴のことだな」操帆長が補足する。

 ここで言うハリヤードとは、前檣の下から二番目の帆桁ほけたを上下させるロープの事を言っている。

「そのとおりです。床の低滑車に足を掛け、ロープを伝って登れば、船首楼の上に出るでしょう」

「そこまで行けば、あとはすぐじゃないか。前檣のシュラウドは船首楼の両舷に張られている」

「そうですが、見ての通りの荒天こうてんです。普通にシュラウドを切ることが出来るとは思わない方がよろしいでしょう」

「どうするんだ」

「船首楼で、犬丸様と操帆長は互いに鉤縄で繋がっているようにしてください、長さは三メートルもあればいいでしょう」

「わかった」

「そして、慣れている操帆長が、船首楼天井に空いた穴から顔を出し、頭上のハリヤードの動滑車に鉤縄を差し込みます」

「それは、出来るだろう」

「その鉤縄の反対側を操帆長の十字帯に繋げて待機してください。そして、犬丸様も穴のところまで登ってください。犬丸様の役割は操帆長に何かがあったときに、彼を手繰り寄せて船首楼に戻すことです」

「うん」

「それから、波の様子を見て、艦が波頭に近づいた所で操帆長が船首楼の上に上がります。艦がほぼ水平なので、これは出来るでしょう。この時、操帆長と犬丸様は繋がっていますし、同時に操帆長と動滑車も鉤縄で繋がっています」

「そうだな」

「楼上に上がったら、右舷側に行き、もう一つの鉤縄で右舷手摺に自分の体を固定してください。ここの舷側は格子になっていますので、その間に鉤縄を通せばよろしいでしょう」

「確かにそうだ、出来そうだな」

「船が波の底に行く前にやらなければなりません。そうでないと、艦尾から来る波で、甲板上にある固定されていないものは全て流されることになります」

「わかった」

「波の底に着いたら、舷側にしがみついて、波が過ぎるのを待ってください。海水は船首楼の上にも襲い掛かってくるでしょう」

「その時が一番危ないということだな」

「次の波頭が近づいたら、自由に動けるはずですので、その間に八本のシュラウドを全て手斧で切断してください。すべて切断したら、舷側の鉤縄を外して、犬丸様が待つ穴に戻ってくる。手早く戻ってこないと、前檣の倒壊に巻き込まれるかもしれません。前檣は左舷側に倒れるはずです」

「出来そうだな。それほど難しくない」操帆長が言った。


「では、よろしくお願いします」右舷班長が言った。


片田達の『神通』『那珂』は、十六世紀頃のガレオン船を参考にしています。

それよりは、多少近代化しているのと、外輪蒸気船になっているところが異なります。


ガレオン船の構造を解説しているYouTube動画を見つけましたので、よろしければ参考になさってください。

 解説が英語ですが、3Dグラフィックでの解説なので、英語がわからなくとも、見るだけで大体のことを知ることが出来ると思います。



How a 16th Century Explorer's Sailing Ship Works


で検索してみてください。


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