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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
357/611

スパンカー

 スパンカーというのは、ラテンセイルのような、縦帆たてほの一種である。ディンギーなどの縦帆は三角形であるが、スパンカーは、その前半分を切っている。切断した部分を後檣ミズン・マストに接続して縦帆にしている。

 金口三郎艦長は、そのスパンカーを艦尾に展帆てんぱんしようとしている。

 帆を張れば、風見鶏かざみどり尾羽おばねを張った形になり、艦首が風上に向かうことになる。

 先ほどまでとは正反対の向きになるが、艦は波に対して直角をなし、安定する。


 艦首が波に正対せいたいするまでには、何度か横波をまともにくらうことになる。しかし、それを過ぎてしまえば安定するだろう。それが三郎の考えだった。

 四人の船員が艦尾楼かんびろうに上がって来て、舷側げんそく手摺てすり鉤縄かぎなわを結びつける。


 大きな波が艦尾から襲い掛かり、その四人を洗い流そうとした。叫び声とともに、四人が舷側に立てられたビレイ・ピンにしがみつく。

 一人が流され、艦長の目の前にその男が転がる。幸い、鉤縄のおかげで、彼は艦尾楼甲板でとどまった。

 艦が波の頂上に達し、水平になる。その時をねらって、転倒した男が立ちあがり、自分の持ち場にとびかかる。


 四人が、スパンカーを檣に縛り付けていたロープを緩め始めた。艦が波の頂点から谷に向かって滑り落ち始める。

 三郎は、背後の奈落ならくに吸い込まれるように感じた。


 艦長の背後でバサバサという音がして、スパンカーが開かれる。次いでバンッという大きな音がした。帆が風をとらえたのだろう。

 船尾が風下に引かれていく感じが伝わってくる。

舵手だしゅ面舵おもかじに変更、本艦は右旋回して艦首を風上に向ける。一杯に回せ」

面舵おーもかじ、一杯」舵手が答えた。艦が右に回り始める。



「スパンカーを風下側に回せるか」

「やってみます」四人の船員が答え、スパンカーの下を支える帆桁ほけたを左舷側に回すロープに取りついた。この帆桁はブームという。

「スパンカー、左舷側一杯に固定しました」

 帆が、より多くの風を受けて、艦を回した。三回、いや二回横波を受ける間に艦首を風上にまわせるだろうか、その二回の間に転覆しないでくれ、三郎が思った。


「あっ、あれはなんだ」右舷側の船員が風上を指さす。三郎が右をみる。幾つもの波濤はとうの上を、横一線に白い物が並び、恐ろしい勢いでこちらに向かってきた。

 突風だ、なんでこんな時に、三郎が思った瞬間に、その白い線が艦を通り過ぎる。


 三郎達の体に衝撃が走る。大きな破裂音とともに、スパンカーがはじけ、渦巻く黒雲の中に飛び去って行った。


 帆を失い、推進力がなくなった艦が残された。この風では他の帆を張ることはできない。万事窮ばんじきゅうした。




 艦長の金口三郎からは見えなかったが、その時、艦尾方向から『那珂なか』が近づきつつあった。『那珂』は前檣の横帆を失っていなかったので、風下に艦首を向けて、かじの操作だけで、恐る恐る『神通』に近づいてくる。

 『那珂』の艦尾楼上で、艦長の絹屋きぬや五郎が叫ぶ。

「あっ、『神通』のスパンカーが破れたぞ、これはまずい」

 味噌屋みそや磯丸いそまるが五郎の声を聞いて、『神通』の方を見た。

「そうですね。帆を失ったまま、波に腹を見せ始めています、これは、いけないですね」

 磯丸は戎島えびすじまの造船技師だった。艦にかかる波や風の力を熟知している。


「艦長、『神通』と無線交信したいのですが、許可願えますか」

「いいだろう、なにかさくがあるのか」

「あまりいい考えではありませんが、何もしないよりは、ましです」

「やってみてくれ」

 磯丸が艦尾楼下の指令室に降りて行った。




『神通』の指令室。片田がいた。こんな時、片田が出来ることは少ない。無線番を担当していた。

共用周波数の五メガヘルツで『那珂』が『神通』を呼び出していた。鈴の音に交じって磯丸の声が聞こえる。


「こちら、『神通』だ、どうした『那珂』」片田が答える。

「あぁ、良かった。『じょん』ですね。こちら磯丸です」

「あぁ、そうだ」

「たった今、『神通』のスパンカーが吹き飛びました。そちらは操船不能になっています」

「そうなのか」片田のいる指令室からは、外の様子がわからない。

「それで、制御を取り戻す方法を教えますので、三郎に、金口艦長に伝えてください」

「わかった、で、どうすればいい」

 片田が磯丸の指示を聞き、復唱した。


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